安倍晋三首相が9月26日、ニューヨークでトランプ米大統領と会談し、二国間による「日米物品貿易協定(TAG)」締結に向け、関税協議を含む新しい通商交渉に入ることで合意した。米国による自動車への追加関税という最悪の事態を避けるため、ひとまず「先送り」に成功した形だが、これまで拒んできた米国との二国間交渉に引きずり出された格好でもある。共同声明にはサービス分野での交渉も始めると明記しており、24日に署名された米韓自由貿易協定(FTA)改定案での韓国のように今後ズルズルと譲歩を引き出される懸念は消えていない。

 会談後、安倍首相は「日本が結んできた包括的なFTAとは全く異なる。双方にメリットある結果を得られるよう議論を進める」と説明。同席した茂木敏充経済再生相も「あくまで物品貿易に限定したものだ」と強調した。

 これまで日本は、環太平洋経済連携協定(TPP)のような多国間の自由貿易協定を重視し、米国が求める二国間での、特にモノとサービスの分野にわたるFTA交渉を否定する立場をとってきた。〝多数決〟の多国間交渉と違い、二国間のFTA交渉で力の強い米国と「一対一」でぶつかれば、幅広い分野で不利な条件での市場開放を迫られる恐れがあるからだ。

 しかし、今回、二国間交渉を始める方向で日本が合意したのは、受け入れなければ、何より恐ろしい自動車への追加関税を米国から課される可能性があった。

 財務省の貿易統計によると、2017年度の米国向け輸出額は15兆1819億円。このうち30・4%を占め、首位なのが自動車で、2位は6・3%を占める自動車部品だ。自動車の関税が上がり、米国内で販売する製品が値上がりして売れなくなれば、日本の基幹産業である自動車産業は窮地に立たされ、せっかく回復してきた日本経済も腰折れ懸念が出てくる。

 自動車への追加関税を無条件でやめさせるだけの力は日本になく、今回の首脳会談で二国間交渉の場に立たされることになった。代わりに、新しい協議の間は米側による自動車への追加関税の発動を避けることで一致し、安倍首相が伝えた農林水産品ではTPPの水準までしか関税引き下げを認めない方針をトランプ氏は尊重する考えを示した。

 協議するのはあくまで「物品(モノ)」の貿易協定という建前で、サービス分野も含むFTA交渉に反対してきた日本政府は何とかメンツを保った形だ。外務省幹部は「トランプ大統領との交渉では今回の合意内容が限界だ。日本は自動車や農林水産品での『一線』をとりあえず守り、結論が出るまでの時間を稼ぐことにも成功した。何をしてくるのか分からないのがトランプ大統領の怖さで今後の交渉も厳しいものになるだろうが、ひとまず今回はすべて『先送り』できたわけで、合格点といえるのではないか」と語る。
 
 だが、実質的には二国間でのFTA交渉に入るのに等しいとの見方は少なくない。共同声明には、物品を対象とするTAGだけでなくサービス分野でも交渉を開始するとも記されており、TAG協議後には投資分野などで交渉することが盛り込まれたからだ。

 〝脅し〟をかけて交渉を自分に有利に持ち込む手法はトランプ大統領の「十八番」といえ、今後も同様の駆け引きが続くとみられる。対中国、対北朝鮮政策で米国に頼らざるをえない日本に対し、「安全保障」面での協力をちらつかせながら、米国に有利な条件を飲ませようと日本に迫ってくる可能性もある。「経済」と「安全保障」をリンクさせながら米国に有利な条件を引き出す「トランプ流交渉術」に日本が翻弄される場面もありそうだ。

 9月24日に米韓首脳が署名した米韓FTAの改定案には、米国が韓国製ピックアップトラックを輸入する際に課している25%の関税の撤廃期限を2021年から41年に延長する措置など、韓国が大きく譲歩する内容が盛り込まれた。米国は自動車への追加関税などを「脅し」としてちらつかせ、韓国にも北朝鮮との交渉で、米国の協力を得ていかなければ良い方向には結実しないという弱みがあったのが実情だろう。

 日米の通商交渉は国益に反する結果で終わりはしないか。「先送り」でひとまず難局を凌いだ形の安倍首相だが、今後の双方の国益をかけた厳しい交渉の行方はしっかりと注視していく必要がある。

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言論ドットコム編集部

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