久しぶりに怒りを通り越して呆れてしまった。だが、それでも看過することはやはりできない。時間とともに、そういう思いが込み上げてくる出来事だった。

 10月9日、沖縄県で翁長雄志前知事の県民葬が営まれた。那覇市の県立武道館には菅義偉官房長官や各党の代表者、玉城デニー知事ら約3000人が参列。地元の政界、企業関係者、一般参列者が最後の別れを告げた。

 8月に膵臓がんのため急逝した翁長氏。県民葬は県や県議会、市長会、町村長会などで構成する実行委員会が開催。歴代知事としては4人目という。しめやかに営まれていた県民葬の途中で、その出来事は起きた。

 「嘘つき!」「帰れ、帰れ!」。安倍晋三首相の追悼の辞を菅官房長官が代読していた時、参列者からの怒号が響き渡った。本来ならば、故人に別れを告げる沈痛な空気に包まれるはずが、そこを支配したのは「恨み」や「敵意」だった。

 なぜ参列者はそのような「非常識」といえる行為に及んだのか。いまだ理解できないし、説得力のある説明にもたどりつけてはいない。たとえ、菅官房長官や安倍首相のことが嫌いであり、許せない存在だとしても、故人の冥福を祈る場で、激しい怒声を浴びせ続けることの意味がどうしても分からないのだ。少なくとも県民葬は県や県議会などの実行委員会が政府代表を「招いて」行っている。安倍首相の他の日程を考慮し、代わりに基地問題の負担軽減を担う菅官房長官が出席した。その人物に「帰れ!」というのは筋が通らないだろう。

 さらに呆れたのは、県民葬終了後に記者団に囲まれた元沖縄県知事の稲嶺恵一氏の発言だった。

「本来は悼む場というのは非常に静粛であるべきである。しかし、やむにやまれぬ思いで出た人たちもいる。その人たちの気持ちもわかる。そういうことがないような時代に早くなってほしいなと思っている」

 たしかに、普天間移設問題をめぐり菅官房長官と翁長前知事は激しく衝突してきた。4年前の知事選で初当選した後、首相官邸とのアポイントがなかなか取れず、予算編成の時期になれば「アメとムチ」を突き付けられる。それらが「翁長氏の寿命を縮めた」と受け止めている人もいるだろう。辺野古移設反対の立場の人々からすれば、もしかしたら菅官房長官は「憎悪」の対象であったかもしれない。

 翁長氏急逝を受けた9月30日の知事選では、その菅官房長官が3度も沖縄入りし、なりふり構わず与党系候補を応援して回った。熾烈な戦いの結果、玉城デニー前衆議院議員が初当選を果たしたが、選挙戦では政府への反発が少なくないことも明らかになった。

 しかし、である。葬儀はしめやかに故人に別れを告げる場であるというのが日本の「常識」であり、そうするのが日本人としての「礼節」ではないだろうか。遺族や実行委員会が「帰れ」「嘘つき」という怒号を期待するわけはあるまい。菅官房長官が追悼の辞の代読で礼を失した暴言を吐いたわけでもない。

 誤解を恐れずに言えば、日本には安倍首相や菅官房長官を嫌っている人がいるし、辺野古移設は絶対に容認できないという人々もいる。それ自体は不思議でも、問題でもない。だが、そうした声はあの「場」ではなく、法令やルール、そして「常識」や「礼節」の上に発していくべきだろう。

 念のため、言論ドットコム編集部は、菅官房長官が代読した追悼の辞をチェックした。全文掲載するのでご覧いただきたい。

《2 「イデオロギーよりアイデンティティー」に続く》

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言論ドットコム編集部

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