言論ドットコムに掲載している「AI連載シリーズ」は、前回までの記事で多岐にわたる内容を取り扱ってきました。今回の記事では、全体の道筋を整理し、今後の記事の流れについて見通しを得るための「中間総括」をおこないます。これまでの内容の振り返りと、後半部のストーリーの流れをご説明させて頂きます。

主題1:日本のAI研究は英米よりも生命の本質に迫るアプローチを育て上げてきた

 まず、この連載シリーズで伝えたいことは、以下の5点です。

1.「人間の言語とは異なる未知の言語」をAIが人間の力をかりずに生み出す研究が行われている事実を読者の皆様に報告する。

2.その研究は広大な人工知能の研究領域を構成する一研究領域として「言語創発」という名称で呼ばれている。

3.この研究は、世界中の大学の研究者が論文を学会誌その他に公開し、互いに切磋琢磨しあいながら発展しているが、ここ数年、Google社傘下のDeepMind社が一連の論文を公開しており、大きな存在感を示している。

4.日本では、立命館大学の谷口忠太研究室(「記号創発ロボティックス」という名称を掲げている)をはじめとして、全国各地の大学で研究がおこなわれている。

5.日本と英米の研究アプローチには大きな違いが見られる。その違いを一言で言うならば、日本のAI研究は英米よりも生命の本質に迫るアプローチを育て上げてきたのであり、よりすぐれている。

 このうち、最後の5点目について、詳しく説明します。

 「人間とは異なる未知の言語」を獲得するに至るAI Agentを出現させるプロセス(アプローチ)に関して、日本の(複数の大学の)研究チームが採用する方法と、英米の(複数の)研究チームが取る方法には、大きく2つの意味で違いがあると小野寺は受けとめています。

■1つ目の違い

 まず第1に、日本の研究チームは英米の研究アプローチよりも「身体性」に根ざした「言語創発」アプローチを取ってい
るように見受けられます。

■2つ目の違い

 そして、第2に、日本の研究アプローチは、自然が生み出した生物が、胚から成体へと成長していく過程のように、知性が「内発的・自発的」「自己組織化的」に段階的に成育してくる過程を再現しようとしているのに対して、英米のアプローチでは、最初から成体レベルの運動機能や知的情報機能を、個々の機能要素に切り離して分解した上で、それら切り出された個々の知的機能を個別に、互いにバラバラに横の連絡を取らない形で(AIアルゴリズムとして)つくり出した上で、後からそれらバラバラに生み出されたAI機能アルゴリズムを組み合わせて、1つの成体としての知的処理マシンを作り出す方法を取っているように見受けられます。

 これは、より具体的に言うと、日本の研究アプローチの方は、感覚・運動能力も知的情報処理の機能も未だ未分化な「胚」のような状態から、次第に感覚・運動系が(自己)組織化されて、複数の高度に秩序化された知的情報処理が互いに有機的に繋がりあって、全体として高度な生命活動(生命情報処理)を行う有機体へと成長していく過程を、ロボットの体をもたせた人工知能マシンに体験させていくアプローチをとります。

 それに対して、DeepMind社などの英米の研究コミュニティが採用しているアプローチは、まず最初に、人間の知性を構成する個々の知的情報処理を一個一個、個別に切り出した上で、(運動能力や知的情報処理を構成する)個々の部分機能を人間並みか人間を上回る精度で担うAIの機能特化型のAIアルゴリズムを作り出すことに集中した後で(バラバラに作り出された)個々の機能特化型の知的機能マシンを、(後から)つなぎ合わせて、あらゆる運動・知的情報処理を担える「汎用人工知能」マシンを組み立てるアプローチを取っていると解釈することができる、ということを意味します。

 しかし、(知的)生命体とは、感覚・運動系を持つ「身体」を通じて物理的な世界と交わる過程で、諸所の感覚刺激が「未分化」な「胚」の状態(世界について、原始的な感覚刺激を体感する状態)から、次第に高度に分節化された複数の異なる感覚刺激を感じるように感覚・運動系が組織化・分節化・秩序化されるようになり、感覚の種類以外にも、複数の異なる知的処理(運動パターンや物体形状のカテゴリパターンの把握から、論理的に考えたり、数理的に考える「能力」の獲得など)を形成してくるものです。

 この観点から、有機的・生物的なAI Agentを生み出すための必要十分条件を見出す上で成果をあげるのは、DeepMindその他の英米の研究アプローチではなく、日本のそれであるということができます。

 人間がその歩み(生命史)の中で、英語や中国語や日本語と言った、人間の言葉を生み出してきたように、AI Agentも、世界に関する体験や(体験・教訓を精製して得た)知識をAI Agentどうしで伝達しあおうと試行錯誤する過程で、(人間の言語とは異なる)AI自身の「言語」を内発的に(つまり、外から人間の手助け・介入を借りずに)「創発」する全過程を、体を持ったAIロボットを用いてシミュレーションしている研究グループとして、立命館大学の谷口研究室の研究事例を挙げます。

 「言語創発」については今後の課題としながらも、人工的なAIロボットが感覚器官も運動器官も未だ未分化な「胚」の状態から手足(四肢)などの複数の感覚・運動機能が少しずつ「機能分化」し、姿を現してくる(発生する)「自己組織化的」な秩序形成のダイナミズムについて、その発生に必要な必要十分条件は何かを特定する研究に取り組んでいるのが東京大学の國吉康夫教授が率いる東京大学 國吉・新山研究室の「知能情報誌システム」の研究です。

 このように、立命館大学や東京大学を始めとする日本の学術研究機関では(DeepMind社等の研究アプローチとは異なり)AI自身がみずからの「身体」(感覚センサ群と外的物理世界に働きかけるアクチュエータ群で構成される感覚・運動系)を使って、物理的な環境(世界)についての情報を自ら体で感じ取る体験を一つ一つ積み上げていく過程で、次第に、経験に根ざした事物の概念を「AI独自の言語」と結びつけて、(世界観・概念体型と言語を同時に)発達させていくアプローチを取っているのが特徴です。

 以上を総括すると、日本のAI研究は、英米よりも、生命の本質に迫るアプローチを育て上げてきたと捉えることができるのであり、今後、自ら学び、考える知的な「汎用人工知性」を持つAIロボットの動作原理を構想・設計し、具体的な身体を与えて生み出していくにあたっては、日本の研究アプローチに分があることを説明していきます。

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AI研究家 小野寺信

AI研究家 小野寺信

1944年、長野県生まれ。カナダ在住。1930年代の「物」論考、「哲学への寄与」論考など、いわゆるハイデッゲルの中期思想と、西田幾多郎ら京都帝大の「場所の論理学」の思想の架橋を志すも、九鬼周造の「偶然性の哲学」の文章に触れて、己の非才を悟り、断念。計算機科学と知能の計算論的再現に惹かれ、人工知能の研究に励む日々を送る。若いAI産業人や大学・大学院生に対して、カオス理論と身体性に立脚した「米国の後追い」ではない、我が国自身の「AI研究アプローチ」が実在することを知らせる必要性を痛感し、連載をスタートした。