主題3:「数理的・客観的な情勢分析に弱い日本人」という自己イメージが足かせとなる現代日本の産業界

 人工知能というと、数理統計学やデータ解析を連想させる傾向があるようです。

 そして、「人工知能」という言葉が帯びるイメージが、「日本人は、数理統計学に基づく情報分析・情勢分析手法を駆使して、賢い戦略的な行動選択を行うのは苦手である」という、国際関係における日本国家の自己イメージと(無意識のうちに)結びつくことで、(第二次世界大戦でオペレーションズ・リサーチという「数理統計学」や「ゲーム理論」を駆使した実績のある)英米人のBest & Brightest人材がひしめき合うGoogle, Facebook, Amazon, Appleや、IBMなどには、日本人は(AI開発やそのビジネス・マネタイズ化でも)太刀打ちできない、と戦う前から、みずから戦意を喪失させてしまう心理的な負の作用を、日本の情報科学の若手研究者と若手ビジネス・パーソン(マーケッターやビジネス・ディベロッパーたち)の心の中でもたらしているように、小野寺には見受けられます。

 こうした自己イメージが根拠のないものであることを、史実を辿りながら客観的な事実として示すために、前回までの記事では、あえてAI論を中軸とするテクノロジー論から離れて、戦国・安土桃山時代(宣教師と日本人の対話)から幕末(ハリスらとの草創期の対米交渉)から「先の大戦」に至るまでの日本人の西欧人に対する談判・交渉記録を紹介しました。

 そこでは、それぞれの時代の欧米各国を、知性の面で代表する最上級の知的エリートであったイエズス会修道士(宣教師)や、タウンゼント・ハリスや、陸海軍の情報将校と(彼らが属する)インテリジェンス・コミュニティーを相手に、各時代の日本人が、客観的かつ論理的に議論を積み上げる立論能力によって、互角に対峙した事実を示しました。

 最後に取り上げた「先の大戦」における日本の外交・軍事インテリジェンスについては、戦略的な判断の過ちが積み重なった結果、勝ち目のない対英米蘭戦争を始める道を歩んだばかりか、山本五十六が望んだような対米早期講和の実現に向けて国家が一枚岩となって戦略的に立ち振る舞うこともできず、戦闘の過程では、名著『失敗の本質』や堀栄三氏の『大本営参謀の情報戦記』が証言するような数々の戦略的・戦術的な判断の失敗によって、戦死者の数がどんどん積み上げていくという、およそ日本人のインテリジェンス力と戦略的に振る舞う能力の欠如を、これ以上ないほどに、強烈に示す戦争でした。

 この開戦から敗北に至るまでの足掛け4年にわたる全過程が、冒頭に挙げた「日本人は、数理統計学に基づく情報分析・情勢分析手法を駆使して、賢い戦略的な行動選択を行うのは苦手である」という戦後の日本人の自己イメージを形成したように思います。

 しかし、そろそろ私たちは、こうした自己イメージに(受身的・虚脱感を持って)無批判にとらわれる精神状態から脱して、戦国・安土桃山時代から現代にいたるまでの日本人の即歩んできた足跡を虚心坦懐に見つめ直して、戦略理論家のルトワック氏が『日本4.0 国家戦略の新しいリアル 』(文春新書)で日本人に向かって語りかけているように、日本人は世界の中で、情報を集めて、その意味するところを咀嚼して、自らの見解なり歩むべき道を戦略的・自覚的に選択する能力に長けている部分が状況証拠として多く見受けられることを再確認すべきです。

 同時に、その同じ日本人が先の大戦では中国国民党(のちに中国共産党)との紛争・戦争の長期化・泥沼化と、英米蘭との全面戦争へと自らを追い込んでいった「原因」である組織論的上・教育論上の「欠陥」を見つけ出して、その「欠陥」を克服すべきなのです。

 先の大戦においても、駐米海軍武官室や欧州でソ連とドイツをまたにかけた質の高い諜報網を築き上げた小野寺・陸軍駐在武官や、米軍の行動パターンを観察から類推し、将来の行動パターンを推測することに繰り返し成功した堀栄三・陸軍情報参謀らがいたように、要所要所で、秀でた情報収集・情勢分析と政策提言を(作戦統帥部に対して)繰り返し発信し続けた日本人のインテリジェンス・オフィサーは確かにいました。

 しかしながら、陸海軍部内における「情報部」と「作戦部」との力関係の問題から、これら「秀でたインテリジェンス」は外交当局や軍事当局(作戦統帥部)の政策・作戦意思決定に反映されることはありませんでした。

 これらの問題については、「秀でたインテリジェンス」が、我が国の外交当局や軍事当局(作戦統帥部)の政策・作戦意思決定に反映されることを阻んだ原因をしっかりと突き止めた上で、その原因を解消する取り組みを行うことで、この国は強固なインテリジェンスに基づいた政治的・軍事的意思決定を戦略レベルから戦術レベルまで、肩に力を入れずに、(英国のように)当たり前のこととして、涼しい顔で行うことができる「強い国」に脱皮することができると考えます。

 その「解消」すべき原因とは、防衛研究所主任研究官の小谷賢氏の分析を今後の記事で紹介しますが、「情報部」と「作戦部」両部局の力関係が、どちらがもう片方よりも大きいという問題ではなく、そもそも組織論として、両部局が互いに対立的な構図で設置されていた国家行政組織の建て付けに内在していた欠陥にあると、考えています。

 これは、小谷氏の複数の著書の中で述べられているように、両部局以外の「第3の組織」として、「情報部」が収集・解析した「情勢分析」レポートを、大本営政府連絡会議などの会議体や、陸海軍統帥部の「作戦部」や外務省などの関係部署に、配布する権限を持つ別系統の組織を設置することができなかったことが問題なのであり、あるいは、英国のように、(複数の)情報の作成部局と、(複数の)情報を使うユーザー部局が、互いの縄張りにこだわることなく、フラットな並列的な「情報共有・検討委員会」を設置することもできなったことが、問題であると考えられます。

 また、当時の日本の陸海軍の「作戦部」が「情報部」を軽視する背景にあった基本認識として、”情勢分析は、単なる観察情報や外国の政治経済軍事事象(Information)を機械的に集めて、つなぎ合わせるだけの労働集約的な単純作業でしかない”といった、情報業務に対する認識の欠如があったことも、作戦課将校の認識を正すべき「欠陥」「改善すべき点」でした。

 このような認識が生まれた背景としては、第一次大戦の過程の中で「情報業務」がそれ以前の時代よりも、複雑になり高度な知的作業へと変化した(国家総力戦の時代に考慮すべき変数は格段に増え、各変数の間に相互依存経路も格段に複雑化した)にもかかわらず、日露戦争以後、ノモンハン事件でのソ連機械化部隊を前にした大敗北を受けて、部分的には日本の陸軍部内でも機械化戦争時代の「情報業務」の重要性が認識されたものの、将校を育成する最初の教育機関である陸軍士官学校や海軍兵学校や、師団や方面軍レベルの戦略を担う作戦参謀を育成する陸軍大学校と海軍大学校において、(「防諜」Counter intelligenceについては教育されたものの)「情報業務」(Intelligence cycleの概念)については、教本・教典でも登壇した教官による教育でも、ほとんどカリキュラムに盛り込まれていなかったことが、戦後、陸上自衛隊の調査隊の創設に尽力し、陸上自衛隊の防諜体制の確立に携わったとされる松本重夫氏の著書・『自衛隊「影の部隊」情報戦秘録』の117〜120ページで明らかにされています。

 以上、「秀でたインテリジェンス」が、我が国の外交当局や軍事当局(作戦統帥部)の政策・作戦意思決定に反映されることを阻んだ原因をしっかりと突き止めた上で、その原因を解消する取り組みを行うことで、この国は強固なインテリジェンスに基づいた政治的・軍事的意思決定を戦略レベルから戦術レベルまで、肩に力を入れずに、(英国のように)当たり前のこととして、涼しい顔で行うことができる「強い国」に脱皮することができると考えます。

《2 「勝ち抜くために自信と覇気を取り戻せ」に続く》

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AI研究家 小野寺信

AI研究家 小野寺信

1944年、長野県生まれ。カナダ在住。1930年代の「物」論考、「哲学への寄与」論考など、いわゆるハイデッゲルの中期思想と、西田幾多郎ら京都帝大の「場所の論理学」の思想の架橋を志すも、九鬼周造の「偶然性の哲学」の文章に触れて、己の非才を悟り、断念。計算機科学と知能の計算論的再現に惹かれ、人工知能の研究に励む日々を送る。若いAI産業人や大学・大学院生に対して、カオス理論と身体性に立脚した「米国の後追い」ではない、我が国自身の「AI研究アプローチ」が実在することを知らせる必要性を痛感し、連載をスタートした。
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