2009年夏の衆議院選挙でフィーバーをもたらし、宰相の座をつかんだ鳩山由紀夫元首相が突如辞任してから約8年の月日が流れた。鳩山氏はその後政界から引退し、与党だった民主党も「解体」。鳩山氏が政治生命をかけて臨んだ米軍普天間飛行場移設問題(沖縄県宜野湾市)が連日のように報じられた沖縄県では、今や旧民主党の影響力は皆無に等しい。「最低でも県外」のその後はどうなったのか。

 民主党は2008年の沖縄県議選で議席を「1→4」にのばしたが、普天間飛行場を「最低でも県外」に移設する公約が守られなかった失望から党勢は衰退し、その4年後の県議選(2012年)では1議席、党名が民進党に変わって臨んだ2016年の県議選では1議席も獲得できなかった。しかし、鳩山政権時代の記憶は、今なお沖縄県政界に無視できない影響力を持つ。

 現職の翁長雄志知事を支持するベテラン県議はこう話す。「もっと鳩山さんが露出してくれないだろうか。そうすれば県知事選に有利になるのに…」。沖縄県では11月18日に知事選の投開票が行われ、普天間飛行場を名護市辺野古に移設する計画の是非が最大の争点になる。辺野古移設に反対する翁長氏は膵臓がんを患って抗がん剤治療を受けており、立候補するかどうかは不透明だ。ただ、翁長氏自身が出馬しない場合でも「後継候補」が当選を目指す構図になるとみられている。

 前出の県議は「鳩山さんが出てくれば出てくるほど、民主党政権時代の記憶が蘇り、県民は屈辱感を思い出す。そうすれば(翁長氏を支持する政党、労働組合、市民団体などでつくる)オール沖縄に支持も集まる」と話す。鳩山氏は普天間飛行場について「少なくとも県外」と公約しながらも移設先を見つけられず、辺野古移設に回帰した。本土が嫌がる新基地を沖縄に押しつけるのか-。2014年の知事選で「72年間も基地を置き、美しい海を埋めて新しい基地を造るのは、差別だ」という翁長氏の「告発」が支持を集めたのは、鳩山政権の失敗に反発する県民感情があったからこそであろう。

 鳩山氏は辺野古移設案に回帰する理由として、米海兵隊の抑止力を挙げたが、首相辞任後に「辺野古しか残らなくなった時に理屈付けしなければならず『抑止力』という言葉を使った。方便と言われれば方便だった」と語っている。

 加えて、5月の琉球新報に掲載されたインタビューでは「野党は生ぬるい。はっきり『辺野古NO』を掲げ、先頭で闘う沖縄を支えるメッセージを出すべきだ」とも語ったという。翁長氏就任以降の沖縄県内の市長選では、翁長氏が推す「オール沖縄」系候補が苦戦を強いられてきた。この劣勢を挽回するため、鳩山氏の露出度は増えていくのか。その動向は防衛省・自衛隊のみならず、米国政府関係者も注目することになりそうだ。

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言論ドットコム編集部

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