身体を使った環境との交わりの経験から、身体感覚と世界感覚を内発的に学習・獲得する過程を、コンピュータ・シミュレーションで「再現」しながら「理解」するという方向性

 東京大学(国吉・新山研究室)と立命館大学(谷口研究室)のいずれも、一個の生命体が、自己と世界に対して、事前知識を何ももたない「まっさらな状態」から、なにはともあれ身体を動かして、世界とふれあい、交わるなかで、自分自身と世界についての「知識」を、自分自身の生きた経験・体験から学び取り、自発的・自律的に体得していく過程を、身体モデルや認識モデルを数理モデルとして、コンピュータ・シミュレーション上に構築した上で、モデル自身が周囲の環境とどのように相互作用しあうのかを観察者の視点から観察することで、理解を深めようとしています。

 このような研究アプローチのまなざしのもと、谷口研究室では(日本語という言語が持つ)「物の呼び名」が「物体の触り心地・硬さ柔らかさ・音質・暖かさ冷たさ」などの感覚と結びついた、感覚に根ざした呼び名の語彙(symbol-grounded-concept, symbol-grounded-word-meaning vocabulary)が、身体を通した周囲の事物との交わりの経験のなかから、どのように生じてくるのかをコンピュータ・シミュレーションを通して、構成論と呼ばれる手法を通して実証的に考察されています。

 他方で、国吉・新山研究室では、言語語彙と結びついた事物の意味概念の形成獲得に至る(個体発達の)前段階として、一個の受精卵(胚細胞)として誕生した一個の生命体が、細胞分裂をくりかえして多細胞生物へと成長していく過程で、自分の身体の各部位同士の関係を、身体の「動かし心地」をあれこれ体がどう動くのかを試行錯誤して思うがままに動かしてみるうちに、少しずつ納得して理解していくなかで、みずからの「体の使い方」を体得していきながら、基本動作のパターンを見出していく過程などをコンピュータ・シミュレーションとして研究しています。

 このほか、同研究室では、児童が他の児童と触れ合うなかで、コミュニケーションのお作法を自然に理解していく過程をコンピュータ・シミュレーションすることで可視化しよとする研究にも取り組んでいます。

 繰り返しになりますが、このように東京大学(国吉・新山研究室)と立命館大学(谷口研究室)のいずれも、一個の生命体が自己と世界に対して、事前知識を何ももたない「まっさらな状態」から、なにはともあれ身体を動かして、世界とふれあい、交わるなかで、自分自身と世界についての「知識」を自分自身の生きた経験・体験から学び取り、自発的・自律的に体得していく過程を身体モデルや認識モデルを数理モデルとして、コンピュータ・シミュレーション上に構築した上で、モデル自身が周囲の環境とどのように相互作用しあうのかを観察者の視点から観察することで、理解を深めようとしているのが特徴です。

 立命館大学(谷口研究室)は、マルチモーダル階層LDAモデルと呼ばれる人工知能(機械学習)の手法を用いて、事前知識がない状態で、ある生命個体が、物体の質感と触れ合うなかで、物の質感と結びついた事物の概念を自発的に体得していく過程をシミュレーションによって実証的に考察していきます。

 他方で、東京大学(国吉・新山研究室)は、自分の体の各部位がどのように動くのかも、体の周囲にはどんな空間が行動空間(環境空間)として広がっているのかも、なんらの事前知識をもたないなかで、おもうがままに体がどう動くのかを確かめるように動いてみるうちに、体の各部位が互いに干渉しあったり、反対に互いの動きを助長しあうなど、からだの各部位にある筋肉や骨格どうしの物理的・力学的な相互作用のダイナミズムのなかから、ある一定のバリエーションを許容しながらも、(同じ構造のからだをもつ同じ生き物であるならば、どの生物個体もたどり着くような)その生物(そのからだ)固有の「体の動かし方」の基本動作パターンが体得される(収束する)様子を、シミュレーションによって実証的に考察していきます。

 前の記事でもキーワードでもあった(体の)要素同士が複雑に相互干渉・相互影響しあう時系列過程の中から(体)全体としての、「系」全体としての挙動(「身のこなし」)が、結果として、ある時点で発生してくるというあたりで、複雑系科学や、自己組織化の理論の視点が生じてきます。

発表論文の標題に出現するキーワード

 国吉研究室(東京大学)から出ている研究論文と、谷口研究室(立命館大学)から出ている論文の共通項は、その論文標題中に以下のキーワードが登場するものが多いことです。

  • 「身体(性)」「経験」「行動」「振る舞い」「挙動」
  • 「出現」「発生」「創発」「自己組織化」(最後の2つは複雑系科学の用語である)
  • 「動態(モデル)」「ダイナミックス」
  • 「発達」「自発」「形成」「獲得」

 これらのキーワードは、両研究室から出ている英語論文の中では、以下の単語になります。

  • embodiment, body. Behavior, movement
  • emergence, emergent, spontaneous
  • dynamics, movement
  • development, self-organization

 上記のことは、国吉 康夫教授と谷口 忠太教授のこれまでの研究業績一覧を、Google Scholarサイトで眺めることで、確認することができます。

 ・Tadahiro Taniguchi (Ritsumeikan university)の論文業績一覧のページ(https://scholar.google.co.jp/citations?hl=ja&user=dPOCLQEAAAAJ

 両教授の論文のうち、いくつかは、本連載シリーズの第21回目の記事(https://gen-ron.com/archives/1423)の中で論文標題のみを掲載しました。

国吉・新山研究室(東京大学)の研究主題に見る「身体性」と「創発」「自己組織化」

 東京大学の国吉・新山研究室(知能システム情報学研究室。ntelligent Systems and Informatics Laboratory)のウェブページ(
http://www.isi.imi.i.u-tokyo.ac.jp/?lang=ja)では、看板となるトップページに掲げられた「実世界知能システムの実現に向けて」と題した文章の中で、同研究室が、「真に知的なロボットシステムの実現に向けて」、「知能を科学的に解明するために、身体性、創発、認知発達、社会性などに注目している」ことが、述べられています。

 また、同研究室の研究活動内容を紹介するウェブページ(http://www.isi.imi.i.u-tokyo.ac.jp/portfolio/all/?lang=ja)では、同研究室が以下の研究領域に重点的に取り組んでいることが、色鮮やかな画像写真をちりばめた魅力あふれるページ構成で、掲載・紹介されています。

・「社会性の発達と遊び」(http://www.isi.imi.i.u-tokyo.ac.jp/portfolio/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E6%80%A7%E3%81%AE%E7%99%BA%E9%81%94%E3%81%A8%E9%81%8A%E3%81%B3/)

・「自己認知」(http://www.isi.imi.i.u-tokyo.ac.jp/portfolio/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E8%AA%8D%E7%9F%A5/)

・「感覚・運動の発達モデル」(http://www.isi.imi.i.u-tokyo.ac.jp/portfolio/%E6%84%9F%E8%A6%9A%E9%81%8B%E5%8B%95%E7%99%BA%E9%81%94%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB/)

・「赤ちゃんシミュレーション」(http://www.isi.imi.i.u-tokyo.ac.jp/portfolio/%E8%B5%A4%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E3%82%B7%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3/?lang=ja

・「賦活パタン切替運動制御」(http://www.isi.imi.i.u-tokyo.ac.jp/portfolio/%E8%B3%A6%E6%B4%BB%E3%83%91%E3%82%BF%E3%83%B3%E5%88%87%E6%9B%BF%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E9%81%8B%E5%8B%95%E5%88%B6%E5%BE%A1/)

・「歩容生成・転倒制御」(http://www.isi.imi.i.u-tokyo.ac.jp/portfolio/%E6%AD%A9%E5%AE%B9%E7%94%9F%E6%88%90/?lang=ja

 上記のうち、「感覚・運動の発達モデル」に着目すると、以下の説明(部分のみ抜粋)が付されたいくつかのサブ・カテゴリが展開されています。

 掲載されている日本語の説明文は、もとは英文であった(英文論文等の)文章を、コンピュータを用いて日本語に機械翻訳(自動翻訳)して生成した文であるのかどうかはわかりませんが、一部、翻訳調のいいまわしもありますが、そのまま抜粋して引用します。

・「身体性に基づく自発運動の創発」

→ 「(前略)この研究では、全身の筋を神経系レベルでは独立に制御しても、身体を通じて筋がお互いに影響を及ぼしあい、身体を通じてカップリングすることで、身体性に基づく自発運動が創発可能であることを示した」

・「身体構造が導く神経系・運動発達」

→ 「胚や胎児期の初期発達において、身体はどのような役割があるだのだろうか。(中略)共通のなる身体構造によって種固有の運動・神経系発達を実現し、(後略)」

 ・「子宮内触覚経験に基づく胎児の運動発達」

→ 「ヒトの(中略)触覚分布が、自発運動を通じた子宮内触覚経験に基づいた脊椎神経回路の自己組織化により、手と顔の接触運動や独立四肢運動といっり(ママ)観察される実際の胎児行動の一部、及びその順序性を再現可能でした(ママ)。」

・「自発運動を通じた身体表象の獲得と運動発達」

→ 「自分自身の姿勢や触覚情報は皮質において統合され、身体の各部に対応する脳内地図を構成することで身体表象が行われている。胎児シミュレータを用い、こうした皮質の身体表象の獲得において胎内環境における自発運動が重要であることを、構成論的に示している。更にこうした身体認知が胎児や乳児に典型的に見られる運動発達を可能にすることを示唆している。」

 以上、同研究室の研究領域の1つを取り出して、その説明文を読むことでも、同研究室の研究は、以下のキーワードに貫かれていることを知ることができます。

(1)「身体(性)」「経験」「行動」「振る舞い」「挙動」

(2)「出現」「発生」「創発」「自己組織化」(最後の2つは複雑系科学の用語である)

(3)「動態(モデル)」「ダイナミックス」

(4)「発達」「自発」「形成」「獲得」

立命館大学の研究は、既知の人間語(日本語)の学習が主題だが、未知のAI言語の形成にも応用できると思われる

 立命館大学の研究は、既知の人間語(日本語)の学習が主題だが、未知のAI言語の形成を主題とするLanguage emergentの研究領域にも、応用可能であると考えられます。

 今後、その方向での研究を期待したいと思います。 ,

The following two tabs change content below.
AI研究家 小野寺信

AI研究家 小野寺信

1944年、長野県生まれ。カナダ在住。1930年代の「物」論考、「哲学への寄与」論考など、いわゆるハイデッゲルの中期思想と、西田幾多郎ら京都帝大の「場所の論理学」の思想の架橋を志すも、九鬼周造の「偶然性の哲学」の文章に触れて、己の非才を悟り、断念。計算機科学と知能の計算論的再現に惹かれ、人工知能の研究に励む日々を送る。若いAI産業人や大学・大学院生に対して、カオス理論と身体性に立脚した「米国の後追い」ではない、我が国自身の「AI研究アプローチ」が実在することを知らせる必要性を痛感し、連載をスタートした。