DeepMindほかは、2体のAI同士の意思疎通をうまくこなすことをゴールにすえた強化学習モデルの開発に取り組んでいる
DeepMindの研究者を中心とするLanguage emergentの研究領域では、あるAI Agent(人工生命個体)が、別のAI Agent(人工生命個体)が、任意の記号列によって表現している「メッセージ」が、どのような意味内容が込められた「言語情報」であるのかを、状況証拠などをたよりに、推理して、自分が推理した「メッセージの内容」が間違っているのか、正しいのかを、相手の反応から推し量ることで、2体のAI Agent間で「成立」「共有された」新しい「言語」が出現する過程を、コンピュータ・シミュレーションによって実証的に研究しています。
このような研究アプローチも、AI Agent同士が、互いに相手の発した記号列の意味するところを類推しようと(深層強化学習モデルなどの枠組みで)試行錯誤(パラメータ探索)するなかで、「おのずから」・「自発的に」、「ある言語」が自然発生的に支出現する過程を、研究するものといってよいと思われます。
身体をつかって世界と交わる経験の中からの「知識」と「言語規則」の発生という視点は弱い
しかしながら、DeepMindの研究者を中心とする一連の研究論文を読む限り、(人間にとって未知の言語の発生をテーマとしてはいないながらも、人間の言語である日本語が)「身体を備えた」AI Agentが、身体をつかって世界と交わる経験の中から、世界に関する「知識」として、日本語という特定の「言語規則」を自発的に体得してくる過程を明らかにしようとする谷口研究室に比べると、「身体性」や「世界との交わり」という視点は、DeepMind流のLanguage emergent研究には希薄なように感じられます。
このことは、なめらかな身体動作を実現しうるAIの開発についても、指摘できることだと考えられます。
というのも、DeepMindは、人間のように機敏な身体動作を自律的に獲得しうる無数の「部品」となる個々の身体動作の「AIアルゴリズム」の「断片」を、論文として、立て続けに世に出し続けながらも、それらを有機的にどう接合するかという段になると、同社はおそらく、まず「部品」としてつくりだした「個々の身体動作」に特化したAIモジュールを、あとからつなぎあわせるという発想を、とらざるをえないであろうことが予想されるからです。
これに対して、国吉・新山研究室では、すでに見てきたように、ある一個体のAI Agentの身におきる成長の軌跡として、まずあれこれと自分の身体が動くかままにがむしゃらに(無方針に)バタバタと動かしてみて、身体の各部位間の(複雑系科学的な)相互干渉具体をあれこれ「体験」する経験を積み重ねるなかで、次第に、事後的に・内発的に・自然発生的に、なめらかな複数の身体動作パターンが、自己組織化的に体得されてくるという流れをたどるのでした。
「汎用」人工知能を生み出すアプローチとしては、日本流が、より有望なのではないか
このように日英米比較をしてみると、「汎用」人工知能を生み出すアプローチとしては、日本流が、より有望なのではないかと、思われてきます。
AIによる未知言語の開拓に取り組んでいるDeepMindは、日本勢がもたない知見を蓄積しつつある
しかし、その日本勢は、いまだ、既知の人間の言語とは異なる未知の言語を生み出す(2体以上の)AI Agent(2体以上のAgentが共通了解された時点で、はじめて、意思疎通の通路を開く「言語」と認定しうる)どうしのコミュニケーション・モデルについて、研究に参画していないのではないでしょうか。
Language emergnet研究とよばれる領域で、DeepMindの研究者を中心とする研究者は、AI Agentどうしのコミュニケーションの舞台として、どのような舞台設定を設定すると、出現する新しい「言語」の文法体系に、どのような傾向が高頻度に認められるのかを、「出現した新しい言語」を、暗号解読して、未知の文法規則を浮かび上がらせることで、研究するところまで、研究が及んでいます。
これは、およそ言語と呼ばれるのにふさわしいコミュニケーション・プロトコル(意思疎通の規約)が(2体以上のAI Agentの間で理解され、共有された「言語」として)自然発生的に成立しうるためには、どのような舞台設定が必要なのかという。「言語生成の環境要件」を明らかにする知見が蓄積されはじめているとみなせます。
また同時に、およそ成立可能な「記号の運用規則」・「文法規則」には、どれだけの類型が(人間がこれまで知りえた言語には見られなかった類型として)可能であるのか、各類型にはそれぞれどのような「派生系」(バリエーション)が出現しうるのかを理解し、それぞれの類型の言語規則が発生する土壌・母胎としてのコミュニケーション環境として、どのような条件が求められるのかという、これまで人類が手にしていなかった知見にたどり着くことにもつながります。
ここまでくると、「言語」とはなにか、「言語規則」とはなにか、といった哲学的な問いにまでつながってきます。
その「系」の内部において、ある特定の「ルール」なり「規約」(「代数演算規則」など)が自己完結的に成立している、「閉じた系」とよばれているような秩序系とは、なんなのか、という問いには、数学の「群論」が深い知見を発掘しつづけています。
また、HaskellやOCamlなどの関数型プログラミング言語が数年前にプログラマー界隈で(何度目かの)静かなる流行をみたときに、数学の「圏論」の知見を、「関数型プログラミング」「言語」を上手に操るための「知見」「知恵」として、活用する勉強会が、東京都内で(数学者ではない)プログラマ向けに開催されたように、「数の世界の秩序の構造」を解き明かそうとして、数千年の知見を営々と積み上げてきた数学の視座が、道具として大きな力を発揮するかもしれません。
このような「数学の視座」から、言語とは何か、論理とは何かを考察すること。
そして、さらにこの宇宙を、簡潔でエレガントな語彙(ボキャブラリ)で記述しうるのに適した言語とは何かを問うこと。(それは、現在の量子重力理論の先にあるもので、もしかしたら、ラングランズ・プログラムが示唆している「数学」と「物理学」の背後にある、より根源的な(「数学」でも「物理学」でもない、何らかの)言語であるかもしれない)
そして、この宇宙の営みの時系列過程を、データとして観察するなかで、人間よりも優れた知性を用いて、そこから(人間がきづいてこなかった)「パターン」(=物理法則)を認識することができる「人間レベルを超えたAI」(beyond-human-level AI)が出現したとき、そのAIは、宇宙のなかで次に起こることを賢く予測し、仲間のAIと知見(インテリジェンス)として共有し、生存するために、次に取るべき行動を議論しあうために、つむぎ出す「言語」は、今日の人間が到達している「量子重力理論の候補理論」よりも、この宇宙を簡潔に、効率的に、そして正確に記述する上で、都合のよい「なんらかの言語規則体系」であることが考えられます。
いくつかある「量子重力理論」の候補理論は、「時間軸」の存在を必要としないものもありますから、もしかしたら、そのような「AI語」には、「時間概念」をもたない、「時制」をもたない文法規則であるかもしれません。また、そこでは、「時間の流れ」を前提におかない「論理規則」(=思考規則)が導き出されているのかもしれません。
「人間レベルを超えたAI」(beyond-human-level AI)の出現に対して、わたしたち人間がいかに対処すべきかという一大テーマが、すでに、オックスフォード大学やケンブリッジ大学を始め、世界の第一線の研究者や研究センターによって真剣に検討され、討議され始めるなか、「群論」や「圏論」と「量子重力理論」や「論理規則」「数理論理学」とのかかわりについて、孤高の研究を推進している京都大学白眉センターの日本人若手研究者のような研究に、より多くの研究者が真剣な関心を払って、とりくむことで、私たちは、そのようなAI集団が獲得し、運用するかもしれない「言語」-宇宙の端的に都合よく記述しうる言語-を解読するための数学的・論理学的な「武器」を、いまのうちから用意しておくべきではないでしょうか。

AI研究家 小野寺信

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