日本の強み(1):数々の異なる知的能力と運動能力が、連続的に発生してくるダイナミズムを総体的に解明する方向性を打ち出している

 このアプローチを、マニフェストとして受け取ることが出来る明晰かつ美しい文章によって宣言した上で、マニフェストに沿った研究実績を積み上げている研究室として、東京大学の国吉・新山研究室に注目すべきであると考えます。

 その文章とは、国吉ほか「人間的身体性に基づく知能の発生原理解明への構成論的アプローチ」(日本ロボット学会誌 Vol.28, 2010年, https://www.jstage.jst.go.jp/article/jrsj/28/4/28_4_415/_pdf)です。

 まずは、この文章から要点となる文をいくつか抜粋して紹介します。なお、以下に抜粋する文章中の改行は、小野寺によるものです。

(以下、引用開始)

「(小野寺注:知能の)発達システムにおいて、特定の機能の仕組みを論ずるのではなく、多様な知的機能がどのように発生し変化していくか、その仕組みを解明し構成しようというものである。

従来のAIや認知ロボティクスの方法は、静水中に渦の型を入れたあと、適当な水流を起こして意図した渦の発生と維持を期待することに近い。

(中略)

従来の認知発達ロボティクスでは、模倣機能や道具使用機能といった特定の認知機能を対象とし、それらが発達の特定のフェーズにある認知システム上でどう獲得されうるかを研究対象としてきた。

人間の認知機能全体、発達の全域を扱うことなどできないから当然とされた。

この場合、対象学習フェーズ初期の認知システム機構を明示的に作り込み、その上で学習により所期の認知機能を獲得しうるかという問題設定となる。

このアプローチでは、実験が成功すればあらかじめ想定したとおりの仕組みで想定したとおりの発達が起こるのであり、人間の認知の仕組みについての新たな知見を提起する可能性は少ない。

前述の渦の例に戻ると、1個の渦の生成消滅のみに限定してモデル化し再現しようとするのは無理がある。多様に変化する渦すべての発生の根本原理を明らかにし、その原理に従う系を構成することが本質に迫る方法である。

(中略)

この議論を極限まで進めるならば、真の発達原理を明らかにするためには、発達の原初から発達経過の全域にわたって連続的に変化するシステムを構成する必要がある。

人間の発達であれば、究極的には受精卵を起点とする全人生を生成できる原理を求めるべきである。その達成は遠い将来の目標としても、現状の技術で可能な限り初期からの連続的発達をモデル化する試みが、真の知能の原理の解明に向けて特に重要と考えられる。

(以上、引用終了)


「真の発達原理」「真の知能の原理の解明」を構成論的に理解するアプローチ

 小野寺も、「究極的には受精卵を起点とする」「発達の原初から発達経過の全域にわたって」、以下のような様々な運動能力や知的能力が、「連続的に変化するシステム」のなかで、「連続的に」どのようなダイナミズムを発揮するいかなるメカニズム(作用機序)によって、ある特定の順序をたどりながら生成・出現してくるのかを理解することこそ、「真の発達原理」・「真の知能の原理の解明」につながるのだと考えます。

[言語コミュニケーション能力]

 他者の発する音声言語発話を聞くことでその意味するところの内容を理解し、みずからの情動や考えを相手に伝わる言葉の形に包んで置き換えた上で、音声として発話することができる能力

[物体識別能力・計数把握能力]

 物体の形や質感からそこに何種類の物体があるのかを識別(弁別)した上で、それぞれの種類の物体が何個ずつあるのかを数えることができる能力

[自己身体表象図式の獲得能力と周囲の空間把握能力]

 目指すところに向かうために、障害物をよけたり飛び越えたりしながら、よどみのないしなやかで俊敏な体の動きを無意識のうちにとることができる能力。

[抽象思考能力、機能的または演繹的に思考する能力]

 過去に実際に自分や(言語伝達を通じて理解した)他者が遭遇した個別具体的な状況の集合から、抽象的な原因・結果関係の概念を抽出・獲得することで、過去に一回も経験したことのない初めて直面する状況に対しても、うまく対処し、対応することのできる能力。さらに、事物間の意味関係や世界の連関構造について、理解を深めるなかで、概念体系や世界観を形成する能力。

今日、DeepMindや(イーロン・マスク氏やベン・ゲーツェル氏が創設した)非営利研究企業・OpenAI(https://openai.com/)によって牽引される形で、「IBM Watson」や「アルファ碁」や「無人自動車」を実現するなどの数々の目覚ましい成果を上げているディープ・ラーニングモデルを含む機械学習や統計的学習理論モデルは、上述の国吉教授の表現を借りるならば、いずれも、ある「対象学習フェーズ」段階における「ある瞬間のシステムの機能や構造」を人間である研究者や開発者であるが天下り的に取り出した上で、その特定の「機能や構造」を挙動として表現しうるAIアルゴリズムとして、見いだされたアルゴリズム(=計算手順。ないしは数理表現)モデルです。

 そのように、天下り的に人間によって選択された、特定の「学習フェーズ」について、「対象学習フェーズ初期の認知システム機構を明示的に作り込み、その上で学習により所期の認知機能を獲得しうるかという問題設定」のもとで生み出されたアルゴリズム(モデル)は、それがどんなに優れたパフォーマンスを発揮するアルゴリズムであったとしても、「このアプローチでは、実験が成功すればあらかじめ想定したとおりの仕組みで想定したとおりの発達が起こるのであり、人間の認知の仕組みについての新たな知見を提起する可能性は少ない」のです。

 ここで言い添えなければならないのは、実用的な視点や工学的な視点、あるいは産業競争や国家安全保障上の技術開発競争の観点からは、たとえそれが、成人の人間がもつ様々な認知機能や運動・感覚機能が、胎児から成人へと至る成長過程のなかで、どのような仕組みによって、次々に発生してくるものなのかについて、新たな「知見を提起する可能性は少ない」アプローチであっても、ともかくも、無人の自律稼働AIや医療診断システムや、音声対話を通して知見やるべき行動方策を指南してくれるパーソナル・アシスタント・デバイス(Google HomeやAmazon Alexaなど)などの一定の機能を発揮する「道具」として、十分に有用でさせあれば、十分です。

 それがヒトを含む生命の個体発生過程について、知見をもたらすものではないとしても、ともかくある機能をもった道具(AIツール)として、所期の機能を発揮するものでさえあるのならば、その道具を、他社や他国に先駆けて市場投入し、また、運用開始を行うことで、その企業や国家は、世界の競争環境のなかで、みずからが生き抜く上での生存力を高めることができるからです。

 この観点からは、国吉らが主張する「真の知能(発達)原理」の描像の迫真に迫ることのできるアプローチとして検討されている(後にとりあげる)「カオス結合系」などの複雑系科学や自己組織化の理論によって、考案されるAIアルゴリズムがどれだけ優れているのかを評価するのにふさわしい尺度は、そのAIを生み出すことで、「真の知能(発達)原理」の(構成論的な)理解にどこまで迫ることができたのかという度合いよりも、GoogleやAmazon、FacebookやAppleなどの「発達段階と機能を切り出した」手法によって、(開発者によって天下り的に)考案されたAIアルゴリズムが、選択されたある「特定の」機能領域(タスク領域)において、どちらのAIが、他方より、より優れたパフォーマンスを安定して発揮しうるのか、ということになります。

 こうした立場を取るのは、「汎用人工知能」の開発を究極の到達点と位置づけている今日のAIの研究者・開発者のうち、なんでも汎用的にこなすことのできる「機能」のみを追求する立場をとる研究者と技術者です。彼らにとっては、「真の知能(発達)原理」の理解は、副次的な目標にしか過ぎないことになります。

 他方で、「真の知能(発達)原理」の理解とは、「汎用人工知能」の開発を通じて、自然界が生み出した人間を含む既存の知的生命体の発生・発育過程を理解することで、「知能とはなにか?それはどこからきて、どこに向かうのか?」という哲学的な疑問に対する答えを得ることを、みずからのAI研究やAI開発の究極の目的に掲げている研究者や技術者も、存在します。

 彼らにとっては、先に抜粋した国吉による「マニフェスト」は、まさにAI研究開発の目的を十二分に表現してあまりない文言であるのだと思います。

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AI研究家 小野寺信

AI研究家 小野寺信

1944年、長野県生まれ。カナダ在住。1930年代の「物」論考、「哲学への寄与」論考など、いわゆるハイデッゲルの中期思想と、西田幾多郎ら京都帝大の「場所の論理学」の思想の架橋を志すも、九鬼周造の「偶然性の哲学」の文章に触れて、己の非才を悟り、断念。計算機科学と知能の計算論的再現に惹かれ、人工知能の研究に励む日々を送る。若いAI産業人や大学・大学院生に対して、カオス理論と身体性に立脚した「米国の後追い」ではない、我が国自身の「AI研究アプローチ」が実在することを知らせる必要性を痛感し、連載をスタートした。