9月に予定される自民党総裁選で、その動向が注目されているのが岸田文雄政調会長だ。自らが会長を務める「岸田派」(48人)の若手議員には出馬を求める声もあるが、岸田氏は態度を明らかにしないまま通常国会が閉幕した。岸田氏周辺は「立候補者が他に3人にいれば、出馬することになるだろう」と見るが、なぜ「ポスト安倍」の有力候補である岸田氏は煮え切らないのか。

 今でこそ、岸田派は自民党第4派閥におさまっているが、かつては4人の首相を誕生させた「宏池会」の流れをくむ。所得倍増計画を掲げた池田勇人首相が1957年に創立し、大平正芳、鈴木善幸、宮澤喜一の3人の宰相を輩出した名門派閥だ。平成に入ってからは、安倍晋三首相の出身派閥「清和会」(党内第1派閥、94人)からの総理・総裁が続いているが、自他共に認める「保守本流」の名門派閥は総裁選の行方を大きく左右してきた存在だ。「タカ派」色が強いとされる安倍首相の対抗馬として、自民党内の「ハト派」の象徴でもある宏池会から岸田氏が立候補すれば構図として分かりやすい、と他派閥からも期待する声があがる。

 宏池会の会長が出馬した自民党総裁選は、1999年9月の加藤紘一元幹事長まで遡る(野党転落後に党総裁となった谷垣禎一氏は代表世話人)。この時は、竹下登元首相が創設した「経世会」(現在は竹下亘総務会長率いる竹下派)の力が強く、小渕恵三首相にトリプルスコアを許して惨敗した。その後、「ポスト小渕」の最有力候補とされた加藤氏は、小渕氏の後任である森喜朗首相に対して「倒閣運動」を開始。内閣不信任決議案への賛成をちらつかせて政界を揺さぶったが、党執行部の切り崩し工作で倒閣運動は失敗し、「宏池会のプリンス」は失脚に追い込まれた。加藤氏が率いた宏池会は主を失って分裂し、非主流派となった名門派閥はそれ以降、総理・総裁を輩出できない状態が続く。あれから18年の月日が流れたが、今回の岸田氏の逡巡は、この際のダメージと無縁ではないだろう。

 将来の宰相候補と目されていた加藤氏が、総裁選への出馬に端を発して執行部から干され続けた姿は、岸田氏の脳裏によぎるに違いない。宏池会の流れをくむ古賀誠氏が率いる古賀派と、谷垣氏が牽引する谷垣派は2008年5月に合流して「新・宏池会」(古賀氏が会長に就任)が誕生し、野党転落後の総裁選では谷垣氏が勝利をつかんだ。だが、3年超にわたって懸命に党再建策を進めた谷垣氏は、政権奪還を直前にした2012年の総裁選では不出馬に追い込まれる「不運」に遭遇した。
 
 かつての大将の「失脚」と「不運」を目の当たりにした岸田氏に、複雑な思いが交錯するのは当然だろう。現状では、安倍氏が自身の出身派閥「清和会」(細田派、94人)に加えて、麻生太郎財務相の麻生派(59人)と二階俊博幹事長が率いる「二階派」(44人)をほぼ固めている。これに対して、岸田氏は自身の派閥のほか、まだ態度を表明していない「竹下派」(55人)や「石原派」(12人)の支持を取り込むことができたとしても、国会議員票では安倍氏に大きく溝をあけられる可能性が高い。

 「どう関わるべきなのか、しっかり判断したい」。岸田氏は7月21日もこのように語るにとどめた。政局を好まず、「バランス型」政治で外相や政調会長などの要職を無難に務めあげてきた岸田氏。これまでのように安倍氏を支え、2021年の「禅譲」を期待するのか、新機軸を打ち出してチャレンジするのか。一歩間違えば政治生命を失いかねない総裁選は、もう1カ月半後に迫っている。

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