「人間とはまったく異なる自らの概念と言語を、AIマシンが手に入れつつある」。こう聞いたら驚く人は多いのではないでしょうか。

 人工知能(以下、AI)の話題というと、チェスや囲碁で最上位の人間のプロ棋士を破るAIや、米国の有名なクイズ番組(Joepardy!)で、人間の優勝選手を上回る回答成績を上げるAIを思い浮かべる人は大勢いるかもしれません。

 しかし、こうした華々しいひのき舞台(最上位選手との対局、テレビ番組)を与えられ、スポットライトを当てられた状態で、大々的に世間にデビューしたAIの影に隠れて、人知れず「人間の概念体系とは異なる概念体系」と「人間とは異なる言語体系」を用いて「考え」、問題解決のために行動するAIの集団を実現するための研究が、驚嘆すべき速度で進められています(その「速度」を具体的に表現すると、この分野で2018年だけでも数十本の学術論文が世界屈指の最高峰のAI論文誌に掲載された、という言い回しになります)。

 この連載記事の第一の目的は、AI研究者の間でも「言語創発」(英語の原語だと、Emergent Language)や「言語進化」(Language Evolution)と呼ばれる、ごく狭い専門領域に特化した研究活動を行っている研究者にしか、通常知られることのない「考えるAI」(Thinking Machine)の誕生を目指す研究が、かつてないほどの速度で進展している現状を政財官界・学術界の各領域で高い目線と問題意識をもった言論ドットコムの読者の方々に報告し、知って頂くことです。

 そこで「目に見える結果」として示すのは、実際にAI Machineが生み出した「独自の言葉」(=記号の羅列)の実例です。

 「2体以上のAI」に、互いに意思疎通を図ろうと何百回、何千回も試行錯誤させた結果、ある瞬間にAI同士で共有された「言語」に相当する記号構造が出現した事実-しかも、それは英語とも日本語とも異なるーを紹介します。

 AIの世界で最高峰の国際学会誌(NIPS, AAAI, IJICAI, ICML, ACLなど)に採択された論文で、実際に掲載されている「AIが生み出した言葉(記号列)」の実例です(論文中のExperiment部[実証実験の結果報告部分])。

 取り上げるいくつかの論文の中には、そのような「英語とも日本語とも異なる」AI独自の言語が、どのような構造を宿しているのかという問いを立てて、記号の出現パターン(共起パターン)を統計学的に解析するところにまで踏み込んでいます。その結果、見えてきたのは、AI(の集団)が生み出した共有言語(=共通の記号体系)の言語表現には、どうやら人間の言葉でいうところの「接頭語」や「接尾語」、「形容詞」「副詞」と「名詞」「動詞」に相当する部分記号列、「色」や「形」などAI Machineに備わった特定のセンサー由来の情報を記述する特定の部分記号列が潜んでいる可能性が認められることが、(論文の結論として)総括されています。

 この「暫定的な結論」は、何を示しているのでしょうか?

 それは「人間の言語体系」も「AIが生みだす記号体系」も、それぞれ一定の自由度(バリエーション)のとりうる範囲の中で、異なる点を持ちながらも、より本質的な観点から見ると何らかの「ある共通もしくは類似する構造体」を備える宿命にある可能性です。

 このことは、決して自明のシナリオではありません。

 AI Machineは(人間がもつ視覚・聴覚・触覚などといった感覚器官とは)異なる感覚センサーを持っています。そのため、人間とは異なる感覚器官から取得されるデータが、AIが「体験」でき、「感じ取ることのできる」、「この世界」についての手がかりの「すべて」です。

 そのため、物理学的に見れば人間と同一の世界に身をおいていても、AIの感覚器官(=センサー群)から取得した「世界についてのデータ」から、AIが行動・活動していく上で、「意義ある一塊の情報」として、どのような(世界の状況を記述することで理解し、把握するための)概念や知識を獲得するのかは、人間が五感と感情・理性を動員して獲得する世界に関する「概念」「知識」とはまったく異なるものになる蓋然性の方が高いということです。

 それにもかかわらず、AI Machine同士で、互いの概念や知識を持ち寄ることにより、世界についての概念、知識を、より見通しのよい生存・活動にとって役立つ(情報記述力のある)「知見」へと昇華させていくために編み出す言語体系(記号体系)だけは、「人間の言語体系」も「AIの記号体系」も、言語記号体系として「共通もしくは類似する構造体」を備える傾向にあるのですから、これは驚くべきシナリオなのです。

 筆者は、数理論理学や数学における「圏論」(Category Thoery)とよばれる既存の研究領域と、「AIの言語」と「人間の言語」の共通構造についての(今後、蓄積されるであろう)知見を、互いにつき合わせることで、次のことが見えてくるのではないかと予想しています。

 それは情報を効率よく表現・記述するための言語規則なり、論理的な手順を踏んだ思考(推論)のルール(=推論規則)といったものには、一定の自由度のなかで、複数のバリエーションが成立しえたとしても、そのバリエーションの幅をある一定の範囲内に閉じ込める「雛形となる構造条件」の存在です。

 このように「考えるAI」の研究が進むことで、私たち人間の言語についても英語やアラビア語、日本語やマレー・インドネシア語などの小異を捨象してみえてくる大同とも呼ぶべき「言語の基本規則」を定義する地点へと、言語学は牽引されていくのかもしれません。

 また、三段論法などの「論理推論規則」についても、人間が生み出した論理体系としては、10を超えるもの(時相論理、様相論理、可能論理、場所の論理など)が提案されていますが、その「論理推論規則」についても、AIが生み出した「記号体系」の構造を精密に考察していくことで、「AIの生み出した推論規則」と「人間が獲得してきた(複数の)推論規則」とで共通する「推論規則の雛形」のようなものが浮かび上がってくる地点まで、(数理)論理学は、牽引されていくのかもしれません。

 この一定の許容されるバリエーションの「幅」のなかで、AIが生み出した言語規則と推論規則が人間が獲得してきた既存のそれらよりも、世界についての情報表現力・情報圧縮力や思考の効率性・探索の深さなどの評価軸でみて、(AIの言語規則・推論規則の方が)優れている、といった状態が出現しえるのかもしれません。

 話が脱線しましたが、「考えるAI」について今後、研究成果が蓄積されていくなかで今世紀の言語学と論理学も、現在の知の地平線のその「向こう側」へと、世界が広がっていく可能性を夢想できます。

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AI研究家 小野寺信

AI研究家 小野寺信

1944年、長野県生まれ。カナダ在住。1930年代の「物」論考、「哲学への寄与」論考など、いわゆるハイデッゲルの中期思想と、西田幾多郎ら京都帝大の「場所の論理学」の思想の架橋を志すも、九鬼周造の「偶然性の哲学」の文章に触れて、己の非才を悟り、断念。計算機科学と知能の計算論的再現に惹かれ、人工知能の研究に励む日々を送る。若いAI産業人や大学・大学院生に対して、カオス理論と身体性に立脚した「米国の後追い」ではない、我が国自身の「AI研究アプローチ」が実在することを知らせる必要性を痛感し、連載をスタートした。