この研究領域をリードしているのは、1998年の創業からわずか20年で米国産業界の「顔」にのぼり詰めたGoogle社が、4億米ドルを投じて買収したとされるロンドン発のベンチャー企業DeepMind社です。この会社に所属する女性研究者で、この分野で、同社の研究員の中で最多の論文を世界最高レベルのAI論文誌に掲載してきた研究者は、最新の論文ではAIが生み出す言語が、英語を解する人間であれば誰でも理解できる(ほどまでに)英語に近い言語となるためには、どのような「環境状況」に複数のAI Machineを閉じ込めたらよいのか、という研究テーマを掲げ始めています。この研究テーマが目指している先は、同論文によると、「人とAIが互いに意思疎通を図ることで互いの協力しあう世界」を実現させることにあるのだそうです。

 この連載記事では、Alpha GoやAlphaGo Zero(囲碁で人間のトップ棋士を負かしたAI)やIBM Watson(クイズ番組で過去の人間チャンピオンを負かしたAI)の影に隠れて、英文媒体の一般のメディアやテクノロジー・オンライン誌にも、これまで取り上げられてこなかった「言語創発」「言語進化」というあまり世の中に知られていない領域における研究の進展状況について、紹介するものです。

 チェスや囲碁やクイズ番組の問題は、教養ある欧米人が知性を競う理知的なゲームではありますが、AI研究の文脈においたとき、問題が明確に定義されていてゲーム進行中に変動することのない単純な世界です。

 これに比べたとき、古代から人間の知性のもっとも高次な次元に位置づけられてきた「創造性」と「想像性」を生み出す揺りかごである「言語」と「推論規則」を生み出すAIー複数個体のAI同士が集団的な公共財として意思疎通を図るための手段として、それらを内発的・主体的に生み出すAIーの研究は、はるかに難易度の高いAIであるといって不当ではないはずです。

 この記事は、この「言語創発」「言語進化」の分野を、関連する他のAI研究領域の研究成果との今後の融合の可能性についての筆者の私見を交えながら、紹介します。

 そして、この連載記事の第2の目的は「日本人よ、Google DeepMindをはじめとする米国企業の研究成果を消費者の立場、観客の立場から享受する立場に甘んじることなかれ」というメッセージを、同時代の日本人に向けて力強く発することです。

 日本の大学研究機関には、米国流の「言語創発」「言語進化」研究が立脚するアプローチよりも、生物が受精卵(胚)から胎児、乳児、幼児、児童、少年少女へと、細胞文化を繰り返しながら、感覚認識能力(「感覚概念」の獲得)や知的情報処理活動(「概念」や「観念」の獲得)をしていくプロセスに遥かに真摯に学び取ろうとする、米国の後追いではない研究アプローチがあるのだということを、Fact(事実)として紹介することにあります。

 米国流の「言語創発」「言語進化」研究は、まず天下り的(外生的)に、ある特定の機能(=人間が持つ知性の機能のうちの1つを模倣した機能)をAIで再現させるために、利用が可能であるようなアルゴリズムを個別に取り出して、研究を行います。そのようにして別々の研究チームが互いに孤立・独立して考案し、無数の「機能特化型」のAIアルゴリズムを後から配線を組んでつなぎあわせることで、より総合的な機能を発揮する「複合機能型」「汎用知性型」のより大きなAIを目指すものです。

 そこでは「神の視点」から、ある特定の機能を担うAIの部品をばらばらに生み出し、あとでそれをつなぎあわせるというアプローチがとられています。

 これと比較するに、日本のアプローチは「胚」が複数の細胞へと細胞分裂していく過程で、徐々に「ある特定の機能」を担う「特定の細胞集団」が姿をあらわしはじめ、同じ1つの「胚」を起源にもつ「複数の細胞集団」同士が、有機的につながりあいながら、全体として1つのより大きな、より複雑な機能を発揮するに至る。そんなアプローチです。どちらがより生命的であるのかは、火を見るより明らかではないでしょうか。

 そこでキーワードになるのは、1990年代に一世を風靡しながら、今日のディープ・ラーニング旋風が生まれる遥か前に消滅したかにみえる「カオス理論」や「カオス結合系」と、Maulice-Merleau Pontyなどの人文哲学系の思想領域で、ここ最近、主軸の概念でありつづけた「身体性」の概念です。

 2000年代、2010年代以降において、これら2つの研究アプローチが我が国自身の「言語創発」「言語進化」の研究活動の推進力、あるいはDNAとして力強く胎動しつづけているのです。

 筆者より若い世代で、AIに産業人や研究者として関わった方々は、1980年代の「第5世代コンピュータ」で、「世界のAIが日本発のAIとして誕生する時代は終わった」のだと悲嘆しているのかもしれません。それが、現在20代から30代の若い日本人は、もはや「日本発のAI」に期待をかける発想すら剥落してしまい、AIとは「アメリカか中国から出てくるのだろう?日本はベンダーとして、その関連周辺産業でSIer的に金稼ぎをすればよいし、日本の出版業界は一定の周期で訪れるであろう米国・中国発の次世代AIを受けて、特集記事や解説セミナーで儲けられたらよい」と考えているのかもしれません。

 「日本人よ、志を持て!」。自らがもつ、ライバルがもっていない自分自身の足場(「カオス理論」と「身体性」の発想)をしっかりと見定めた上で、そこに地に足をつけて、ライバルよりも技術的にもエレガントであるし、市場投入のビジネスセンスとしてもより秀逸であるし、さらには日本発のAIをISOやIEEEなどの国際標準規格に昇華させて世界の産業通商ルールにしっかりと刻み込むことで、勝利を固定化させる。

 AI開発(R&D)のフィールドから、市場投入(marketing, PR)のフィールド、そして、世界の産業ルールの策定をめぐるGovernment Affairs、Public Affairsのフィールドでの戦いまで、オール・ジャパンで戦いぬくための、まずは覇気とやる気を引き出すための起爆剤に火をつける1つのきっかけになれば、筆者としてこれ以上の喜びはありません。

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AI研究家 小野寺信

AI研究家 小野寺信

1944年、長野県生まれ。カナダ在住。1930年代の「物」論考、「哲学への寄与」論考など、いわゆるハイデッゲルの中期思想と、西田幾多郎ら京都帝大の「場所の論理学」の思想の架橋を志すも、九鬼周造の「偶然性の哲学」の文章に触れて、己の非才を悟り、断念。計算機科学と知能の計算論的再現に惹かれ、人工知能の研究に励む日々を送る。若いAI産業人や大学・大学院生に対して、カオス理論と身体性に立脚した「米国の後追い」ではない、我が国自身の「AI研究アプローチ」が実在することを知らせる必要性を痛感し、連載をスタートした。