ここで、「AI語」が人間にとって未知の言語であることが持つ国家安全保障上の意義について、考えてみたいと思います。

 AIの研究の世界では、AIに人間の言語を学ばせる研究も進んでいますが(次回以降、DeepMindの論文と、立命館大学の論文を取り上げます)AIに、英国やロシア語、中国語を学ばせて「AI間通信」をさせあうと、暗号化を施したとしても通信内容が敵性勢力に盗聴された場合、暗号解読・復号された結果が、既知の人間の言語であり、内容を容易に察知されてしまいます。その点、暗号解読をして復号できた記号列が、既知の人間の言語ではない「AI独自規格の記号列」ということになれば、通信の秘匿性が高まり、通信の保全性の向上に一役買うはずです。

 人間にとって未知の「AI言語」を解読する様は、映画『メッセージ』で、未知の宇宙人が人間に対して発する「未知」の表意文字を、その記号の出現パターンと、記号が出現した状況文脈を統計学的に照らし合わせることで、計算論的に可能な「パターン」=「言語規則」の確率分布を絞り込んでいく様子が、1つのイメージになるのかもしれません。

 なお、映画では未知の言語の「解読」にあたるのは生身の人間の数学者や言語学者や記号学者でしたが、現実の世界ではAI言語の解読作業にあたるのも、記号の並び順序の出現頻度パターンから、単語を構成すると思われる記号列の推定から、単語の並び順序を規定する語法と文法規則の推定を計算機パワーで行う暗号解読AIになるのだと思われます。

■言語解読AI:未知の言語・忘却された過去の言語をAIで解読する試み

 なお、「未知の言語」を「解読」するAIアルゴリズムを取り上げた記事としては、以下があります。

Wired誌(2009年4月24日付)「未解読のインダス文字を、人工知能で解析」

[論文] Rajesh P.N.Raoほか Entropic Evidence for Linguistic Structure in the Indus Script

NATIONAL GEOGRAPHIC誌(2018年2月6日)「謎のボイニッチ手稿にAI、解読方法が判明? ~8割がヘブライ語の単語と一致、カナダの科学者らが主張」

[関連記事] NATIONAL GEOGRAPHIC誌「第1回 イラストも文字もまったく意味不明、ボイニッチ手稿」

[論考] 東芝 「R&D最前線 未知の言語にも対応できる統計ベース多言語テキスト処理技術」

■暗号体系を構築するAI

 この文脈では、「暗号を生み出すAI Agent」と「暗号を解読するAI Agent」を同時に生み出そうとする取り組みの成果が、2016年10月に論文として公開されています。

 2016年10月21日付けで論文アーカイブ・サイト「Arxiv.」にアップロードされた以下の論文です。

Martın Abadi & David G. Andersen (2016) Learning to protect communiations with adversarial neural cryptograpy

 この論文は、2体のAI Agent(BobとAlice)が、独自の暗号言語で意思の疎通を図り、その会話の様子をもう3体目のAI Agent(Eve)がはたから見ていて、会話の内容を「解読」して読み取ろうとするものであり、Google Brainによって行われています。

 この研究の舞台設定は、「暗号を作る」Aliceと、「横から暗号を盗み見て、AliceとBobの秘密の会話を読み取ろうとする」Eveが、互いに相手を出し抜こうとする、というもので、以下になります。

・ Aliceの役割: Bobは解読できるが、Eveには解読不可能な暗号メカニズムによって、伝えたいメッセージを暗号化する。

・ Eveの役割: AliceがBobに向けて送信した暗号処理済のメッセージをなんとか解読(復号)して、正確に元のメッセージを復元させる

 AliceとEveは、以下のステップを踏むことで、各自のミッションをこなす技量を段階的に高めていきます。

-1. AliceとEveが、それぞれ自分に割り当てられた任務(ミッション)を、どれだけ正確に達成できたのかの成功度合いを、定量的な数値として評価する(「損失関数」の設計)。

-2. AliceとEveは、(自分の)成功度合いを高めようとして繰り返し挑戦を繰り返すなかで、どのように取り組んだら「成功率」が上がるのか(「損失関数」の値=失敗例を、どうしたら下げられるのか)を、偏微分計算によって(数学的に)逆算的に見つけ出す。

-3. 「2」の努力を何万、何十万回と繰り返すうちに、高い成功率(低い「失点」(=「損失関数」の値))をはじき出す方法(深層ニューラル・ネットワークの係数(パラメータ)の組合せ)に到達する。

 上記の3段階のステップは、つまり、ミッションの「失敗度合い」を意味する「数値」として定義(設計)された『「損失関数」の値』を、できるだけ小さくするためには、AliceとBobの「数理モデル」の中に組み込まれた「変更可能な無数の『係数』(パラメータ)」の値を、「どのような値の組合せ」にするとよいのかを導き出す、という問題(課題)に帰着します。

 この「無数の係数の組合せパターン」のうち、「最適な係数値の組合せ」を見つけ出すという課題を解くのが、「機械学習」がとりく具体的な問題です。

 この問題を、膨大な回数の失敗と成功を繰り返すなかで、手探りで、探索的に見つけ出すというアプローチをとるのが、機械学習の方法論です。

 機械学習のうち、「数理モデル」として、3層、4層以上の数十・数百の「層」をもつニューラル・ネットワークをもつ「モデル」を採用するのが、「ディープラーニング・モデル」(深層ニューラル・ネットワークモデル)と呼ばれるモデルです。

 「ディープラーニング・モデル」は、最適な「係数」の「組合せ」を探し出すために、「損失関数」が大きくなった原因を「偏微分演算」の「連鎖」によって逆算的に見つけ出そうとする、「誤差逆伝播法(BP: Back Propagation法)」と呼ばれる方法を採用します。

 「層」の「深い(Deep)」「ニューラル・ネットワークモデル」を、上記の「BP法」によって「学習する(Learning)」数理モデルであることから、「ディープラーニング」モデルという呼び名がつけられている、というのが命名の背景です。

 Google Brainのこの研究に戻ると、AliceとEveは、互いに相手を出し抜こうとする「敵対的」(Adversary)な立ち位置に立って、各自のミッションの成功率を高める(=失敗率を下げる)方向での「学習」を繰り返します。この「敵対的」な関係を「深層ニューラル・ネットワークモデル」で表現した「数理モデル」は、「ディープラーニング・モデル」(深層ニューラル・ネットワークモデル)の一種である「GANモデル」(敵対的生成ネットワーク・モデル。Generative Adversary Network)と呼ばれます。

 従って、この研究は、「GANモデル」を採用した取り組みと位置づけることができます。

 「GANモデル」は、本物そっくりの人工的な(偽の)画像を生成するAIとして、ここ数年、注目を浴びています。

 「人工的な、偽の画像」を生みだす用途で「GANモデル」が利用される際は、以下の2体のAIが、互いに相手をだしぬこうとする「敵対的」(Adversary)な関係のなかで「勝負」しあうという舞台設定が設計されます。

 2体のAI Agentは、各自、「勝敗結果からの反省」を積み重ねることで、互いの技量(精巧な架空の画像を生み出す能力、架空の画像を「贋作」と見抜く能力)を高めあっていくという座組みです。

・ Agent 1: 素材となる画像をもとに、架空の画像を人工的(機械的)に生成するために、「本物そっくりの精巧な画像をがんばって描こうとするAI

・Agent 2: 「Agent 1」が作り出した『架空の画像』を、素材となった『本物』の画像と見分ける真贋判定を行うAI

 以上が、「暗号を生み出すAI Agent」と「暗号を解読するAI Agent」を同時に生み出そうとする取り組みの概要の説明になります。

 ところで、この研究を行ったGoogle Brainは、Google社のAI研究開発部門であり、Googleグループ各社の持ち株会社(親会社)であるAlpabet社の傘下にあるDeep Mind社(Google DeepMindと表記されるのが通例)と同じGoogleグループの組織です。

 この論文は、技術系のオンライン情報誌である「TechCrunch」誌によって、記事に取り上げられています。

 以下の記事の邦訳版は、日本語の訳文が文章として機械的(機械翻訳による邦訳文と思われる)ですので、元の英語の原記事も併せて掲載します。

[邦訳版記事] TechCrunch (2018年10月9日) 「GoogleのAIは人間の作とはまったく違う奇妙な暗号を作り出す」

[英語原記事] TechCrunch, Google’s AI creates its own inhuman encryption

 ■人間が定めた交戦規定(ROE)の枠組み付与が必須

 人間の指揮官による統制は、ネガティブ・リストの交戦規定(自衛隊の言い回しでは、部隊行動基準。自衛隊は未だにポジティブ・リストですが)をAI無人兵器に付与し、その制約内で判断・行動させる方法が考えられます。

 ■最初の事例は米軍有志連合? 中国も研究加速

 データリンクで結ばれたハイテク兵器のアセット体系というと、最初に思い浮かべるのは米軍であり、米国高等国防研究計画局(DARPA)の研究ではないでしょうか。

 しかしながら、米国のトランプ政権下の「国防戦略文書」で、あらゆる領域で米国の軍事技術に追いつき、一部で米軍を凌駕しつつあると、ペンタゴンが危機感を示す中国人民解放軍(PLA: People’s Liberation Army)は、いま2004年の胡錦濤国家主席(当時)が、党中央軍事委員会主席として採択した「新世紀の新段階における人民解放軍の歴史的使命」(歴史的使命)のもと、陸軍主導の組織体制から海軍・空軍・宇宙(偵察衛星や中国版GPS衛星などの人工衛星アセット)・電磁スペクトラム空間・サイバー空間の「5つの戦域」を「統合一体ネットワーク」によってデータリンクすることで、「一体化」された戦域(「5維一体」)として、各軍種のアセットを「統合運用」(西側の言葉)することで、「情報化時代の戦争」(Informationaized Warfare、「信息戦争」)を戦い抜く方向へと大きく舵をきっています。

 この流れは、江沢民国家主席(当時)の時代が「近代化されたハイテク条件下の局地戦」(※1)を提唱して以来の流れですが、「歴史的使命」以後、特に、「電磁スペクトラム領域」の電子戦、「サーバーネットワーク空間」の「ネットワーク戦」と、敵の軍事用人工衛星の破壊と自軍の人工衛星の防護を図る「宇宙空間」の3つの空間を、「航空宇宙一体型」(「航天一体」)の「3層構造の戦術・戦略戦域情報通信ネットワーク」でデータリンクした上で、「電網一体」(電子戦とサイバー戦の融合戦)のもと、戦いうる軍事力の建設を前面に掲げ始めています。
(※1「ハイテク条件下の局地戦」[中国軍事科学院『戦略学』2001年版]。「情報条件下の局地戦」[同2013年版] p.67。なお「局地戦」という言葉は、中国人民解放軍の用語としては歴史的に中国沿岸部での戦闘を意味してきた。しかし、現在、中国は遠洋部にまで、その制海権と制空権の防衛ラインを延伸することを累次の部内文書で発言し始めている)。

 この文脈と、「言語創発」「言語進化」の研究を含む自然言語処理(NLP)の研究領域で、世界最高峰の学術論文誌に日々掲載される論文の半数前後が、中国系の研究者によって執筆されていることと、中国が民間企業や大学に在籍する研究者を容易に軍事技術研究に「動員」しうる国情を考えると、「AI語」で意思疎通を図りあう、相互にデータリンクされた無人兵器(陸上、水上、水中、空中、宇宙空間)を、「電網一体」「5維一体」の「情報化戦争」に、中国共産党軍事委員会が導入を目指すシナリオも現実的には十分ありうるのではないでしょうか。

 なお、中国軍が「近代化されたハイテク条件化の局地戦争」への勝利に向けて、軍事ドクトリンの構築と防衛力整備を傾け始めたきっかけは、先行する米軍とNATO軍がおこなった第一次および第二次イラク戦争と、コソボ紛争で示された戦闘の様相であったことを挙げる識者がいます(Dean Cheng著・五味他訳『中国の情報化戦争: 情報心理戦からサイバー戦、宇宙戦まで』、Joe MaCReynolds著・五味他訳『中国の進化する軍事戦略』)。

 それによると、C4ISRネットワークで結ばれたステルス戦闘機やイージス艦から、精密誘導ミサイルを発射することで、機械化された地域の大国の軍隊を数週間で無力化させた3つの戦争(①湾岸戦争[1991年1月17日~2月28日]②NATO軍によるコソボ紛争介入[1998年2月~1999年3月]③イラク戦争[2003年3月20日~2011年12月14日])をみて、中国共産党は機械化された近代的な装備をもった軍隊の創設をめざす、それまでの「近代化条件化の局地戦」から、「電子偵察」(ELINT・SIGINT)と「電磁波妨害」などの「ソフトキル」の「電子攻撃」(電子戦)と、ハッキングによるコンピュータ・ウイルスの潜伏攻撃を行う「サイバー戦」を組み合わせた「電網一体」の近代化したハイテク条件下の局地的戦争に勝利することを、軍事ドクトリンと軍事組織構築の目標に掲げ始めたということです。

 そこでは西側諸国の軍隊における陸海空・海兵隊・宇宙軍等の個別の軍種の「統合運用」と似た中国人民解放軍独自の「陸上・海上海中・空中・宇宙空間(人工衛星)・サイバー空間(およびサイバーネットワーク空間)」の「5つの戦域」を一体化させる「5維一体」の統合部隊運用を目指しているとされ、そのうち「電網一体」戦を担う新しい軍種として、2015年12月31日付で「戦略支援部隊」を設置したことを公表しています。
 
 中国軍事科学院や中国人民解放軍の将校教育用の複数の参考書のなかでは、中国はこの「電網一体」戦を含む「5維一体」の戦争を「情報化戦争」(Informationaized Warfare)、「信息化戦」「一体化ネットワーク電子戦」と呼んでいるようです(All Army Military Terminology Management Comission, “Chinese People’s Liberation Army Teminology”, pp.262-263。Dean Cheng著・五味他訳『中国の情報化戦争: 情報心理戦からサイバー戦、宇宙戦まで』p.169等)。

 そこでは、5つの戦域における勝利は「情報優勢」を不可欠の条件とするとの認識が繰り返し叫ばれています。この「情報優勢」を確保するために、中国人民解放軍は敵国の政治指導者と部隊指揮官の戦意を喪失させるための「思想戦」「情報操作戦」(人間の政治指導者と部隊指揮官の「認知枠組み」に働きかける「三戦」[「世論戦」「思想戦」「法律戦」])をも加えています。この「三戦」を、各軍団レベルで遂行する上で、各レベルの部隊司令部に「政治将校」が配置されている中国人民解放軍の組織体制が「政治将校」を通じて、「三戦」の戦略・戦術の立案・執行を、各部隊司令部にいる作戦参謀や情報参謀にじかに、現場で命じることができることが西側諸国の軍隊にはない強みとして論じる向きもあります。

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AI研究家 小野寺信

AI研究家 小野寺信

1944年、長野県生まれ。カナダ在住。1930年代の「物」論考、「哲学への寄与」論考など、いわゆるハイデッゲルの中期思想と、西田幾多郎ら京都帝大の「場所の論理学」の思想の架橋を志すも、九鬼周造の「偶然性の哲学」の文章に触れて、己の非才を悟り、断念。計算機科学と知能の計算論的再現に惹かれ、人工知能の研究に励む日々を送る。若いAI産業人や大学・大学院生に対して、カオス理論と身体性に立脚した「米国の後追い」ではない、我が国自身の「AI研究アプローチ」が実在することを知らせる必要性を痛感し、連載をスタートした。