繰り返しになりますが、言語創発・言語進化の領域に限らず、自然言語処理(NLP, Natural Language Processing)と呼ばれるAIの研究領域では、世界最高峰の国際学会誌(NIPS, AAAI, IJICAI, ICML, ACL等)に掲載された論文の過半は、中国系の名前の研究者が執筆した論文です。

 執筆陣が中国系の名前の論文について、執筆陣の所属に注目すると、主観的に見て半数が中国の大学研究機関であり、残り半分は、Google, Microsoft Research (Beijing), Facebookです。(Baiduなどの中国企業の名前はたまに目にする程度です)米国企業に所属する中国系の氏名の研究者は、台湾や在外華橋も含むと思われますが、中華人民共和国国籍の研究者が大半であると推定することができます。

 このように、Googleなど米国企業のAI技術も、それを担う人材の半分前後は中華人民共和国国籍ないしは台湾・在外華橋の研究者であることと、大学や民間企業に所属する研究者を軍や武警など警察治安機関の技術開発に容易に動員しうる中国の国情と国柄を鑑みると、この領域で、中国人民解放軍の技術が今後、我々の想定をはるかに上回る可能性を織り込むべきです。

 ここで、国家の経済力・財政面で、果たして中国は、巨額の国防費と、国防費の2倍とも称される公安費(武装警察などの警察治安機関費)を維持できるのかという疑問を投げかける識者も折られると思います。

 あたかも、レーガン政権時代の「SDI構想」を前に、軍拡に走ったソビエト連邦(USSR/ CCCP)が経済的に耐え切れずに内側から自壊したように、中国についても、これまで述べてきたような先端軍事技術開発と実戦配備・運用を行う余力は、次第になくなっていくのではないか、という見方です。

 中国の技術開発を支える経済力については、国営企業を下支えするための累次の財政出動の積み重ねによって、すでに地方財政のバランスシートが激しく毀損しているであるとか、(地方の経済統計の単純合計値と中国国家統計局公表のマクロ経済数値が一致しないなか)一部の専門家の間では、実は中国のGDP実質成長率は5パーセント近傍にまで低下しているのではないか、とささやかれ始めています。

 また、マクロ経済の供給曲線(マクロ経済学における「AS-AD曲線」の「AS曲線」)に注目すると、中国でも、日本に遅れること15年を経て、少子高齢化が迫り来ることを計算に入れたとき、同国の潜在経済成長力は人口減少による供給曲線の低下をAIなどの導入による生産性(全要素生産性, TFP Total Factor Productivityを構成する一要素)の向上によって、リカバリーできない限り、経済成長の低下による国家財政の歳入減少が常態化し、中国の国家財政は、次第にゆとりがなくというシナリオを考えることもできます。また、人口減は国内需要の縮小ももたらします(AD曲線の低下)。

 筆者は、中国が標榜する3個以上の空母機動艦隊(空母と、空母を護衛する潜水艦、水上艦艇群、艦載機のグループ)は、さすがに建造費も維持費・運用費(乗員の食費と燃料費が過半)が巨費に及ぶことから、今後の地方・中央をあわせた累積債務の増大(財政のストック面)と毎年の新規の歳入の鈍化(財政のフロー面)を考えると困難である公算が高いとしても(強い中国を求める国内の高揚したナショナリズムと、自信を深めつつあるかもしれない人民解放軍海空戦略ロケット軍の将兵を、中国共産党中央がどう抑えていくかが課題となる)、「情報化戦争」で米国を抑止し、中国沿岸部のみならず、インド洋と南シナ海から、西太平洋にかけての遠洋部において、局地戦で勝利しうる軍隊の建設に向けて、中国は、赤字国債を発行してでも軍事力の増進に励むことシナリオが現実的ではないかと考えます。「中国の夢」「中華民族の復興」を掲げる習近平指導部の「面子」がかかっているからです。「面子」を失うことは、「社会的な死」を意味する中国人の行動心理を忘れてはなりません。

 東西冷戦下のソ連でさえ、ソ連は民間経済部門を犠牲にしてまでも、米軍に対抗するための軍拡競争にまい進したことを思い起こすべきです(ソ連の民生経済の疲弊については、ゴスプランによる民生品供給のためのバリューチェーンが有効に機能しなかったことに原因をみてとる、いわゆる経済計算論争(economic calculation controversy)も無視しえませんが)。

 中国は今後とも、毎年一定の国家財政の債務を積み増しながらも、まずは対艦弾道ミサイル等による領域拒否能力の獲得とサイバー戦・電子戦領域において、米国に追いつき、追い越しながらも、2050年までにアメリカの国家安全保障・情報インテリジェンス力を全般的な領域で凌駕する路線をひたむきに追求しつづけるシナリオを考えるべきで、楽観視することはできません。

なお、今後のロシアの動向については独自の言語を解したAI Agentの協調制御技術の適用先は研究開発予算のかかる無人機ドローン(UVs)ではなく、むしろ、TwitterなどのSNS空間上で稼動する無人botだと考えられます。それらSNS上に潜伏している無数のbotは、互いに協調制御しあいながら、「偽ニュース」をツイートしたり、リツイートしあうことで、対象国内の世論を一定の方向へと誘導しようとする領域です。

 これら最新の情報技術を用いた「世論誘導」による対象国への政治介入を、民間人の政治活動家に偽装した内務省軍やFSB(連邦保安局)やSVR(対外情報庁)の実働部隊を潜入させることで暴動や鎮圧を煽ることによる政治介入と共同運用させる新しいタイプの非正規紛争は「ハイブリッド紛争」と呼ばれ始めており、EUとNATOの加盟国は、すでに、ヘルシンキに欧州ハイブリッド脅威対策センターを設置し、ロシアのやり口と対応策についての共同研究機関を設置したところです。このあたりは、機会があれば、別の連載記事で論じたいと思います。

 以上のことから、我が国も防衛省の旧技術研究本部である現在の防衛装備庁の陸上・艦艇・航空・電子装備の各研究所と先進技術推進センターなどで、解読の難易度の高いAI言語をAI群集が自律的に生み出すに至る条件の研究と、AI言語を介した無人兵器間の自律協調制御を人間の指揮官が付与した部隊行動基準の制約内に拘束するための技術のあり方について、頭の体操を始めるべき時期に来ているのではないでしょうか。

 また、陸海空各自衛隊の幹部学校や防衛省防衛研究所では、そのような新しい兵器アセットを最大限に活用するための「戦略・戦術ドクトリン」の開発をハワイの米国太平洋軍司令部やペンタゴンなどと力を合わせて、考え始める時期に来ていると考えます。

 この点、日本学術会議が防衛省からの防衛装備品の技術研究委託を忌避する構えをいまだに示していることは、我が国で産官学(軍)共同で先端技術を開拓し、ひいては防衛産業の技術的基盤を産学セクターで維持向上を図っていく上で、課題です。他方で、武器輸出3原則から防衛装備品移転原則への切り替えによって、日米のみならず、日英・日仏の防衛当局とも、防衛装備品の国際共同開発に向けた具体的な動きがすでに始まっていることは、技術の提携先の広がりという観点からも注目に値する動きであると見ています。

 先の大戦では、堀栄三情報参謀(戦後、陸自幹部自衛官)や(私と同姓同名の)小野寺信ストックホルム駐在武官ら、傑出した情報参謀が大本営作戦課にもたらしたインテリジェンスがやすやすと黙殺され、軍令軍政の意思決定にあたり顧みられなかったことを考えると、インテリジェンス・サイクルにおいて、政策ニーズに適ったインテリジェンスを適時適切に事務方または制服幕僚組に要求し、事務方・制服幕僚から届けられたインテリジェンスを政策判断に有効に活かす総理大臣と防衛省政務三役の力量が、最終的に国家の浮沈盛衰の決め手になるのは言うまでもないことです。

 その点は、この言論ドットコムが喚起する政策論議社会がきっかけとなり、我が国の政財官学・NPOの枢要を担う方々の見識と問題意識の目線が練磨され、向上されていくことに、ひとりの日本人として期待を寄せるところです。

インテリジェンス軽視(参謀本部も軍令部も、旧日本軍の[陸海軍の]両統帥部ともに、第二部の情報部を軽視し、第一部の作戦部の独走を許した)の組織風土については、戦後の新生陸上自衛隊では、全国各地の部隊にOperations Research専門班を設置するなどの努力を戦後昭和の時代を通じて、営々と傾けてきたようであり、また、インテリジェンス重視の在日米軍司令部との戦後の作戦共同立案と共同机上演習(図上演習)と、近年はハワイの太平洋軍司令部と自衛隊統合幕僚監部との作戦共同立案が始まったことにより、我が国の国家安全保障コミュニティにおけるインテリジェンスに対する感度が米国並みに改善されつつあることを期待するところです。

 キューバ危機の平和的な事態収拾は、ソ連軍参謀本部情報総局(GRU)内の情報協力者 オレグ・ペンコフスキー参謀 からのインテリジェンスに、ケネディ大統領が冷静に耳を傾けたことが、大きく働いたことを指摘する研究が、すでにいくつか出ています。

 今回は「言語創発」「言語進化」のAI研究がもたらす政治面でのインプリケーションについて、1つの見方を紹介してみました。

 次回からは、再び「言語創造」「言語進化」の技術の進展状況について、米国Google社傘下の英国DeepMind社の技術動向と、我が国の大学研究機関における技術の動向について、具体的に論文をいくつかとりあげながら見ていきます。

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AI研究家 小野寺信

AI研究家 小野寺信

1944年、長野県生まれ。カナダ在住。1930年代の「物」論考、「哲学への寄与」論考など、いわゆるハイデッゲルの中期思想と、西田幾多郎ら京都帝大の「場所の論理学」の思想の架橋を志すも、九鬼周造の「偶然性の哲学」の文章に触れて、己の非才を悟り、断念。計算機科学と知能の計算論的再現に惹かれ、人工知能の研究に励む日々を送る。若いAI産業人や大学・大学院生に対して、カオス理論と身体性に立脚した「米国の後追い」ではない、我が国自身の「AI研究アプローチ」が実在することを知らせる必要性を痛感し、連載をスタートした。