■人間が「時間」と「空間」を体感する仕組み

 人間が「生きられる時間(ウジェーヌ・ミンコフスキー Eugène Minkowski)や、自明性のある「生き生きとした時間」(ヴォルフガング・ブランケンブルク Wolfgang Blankenburg)をどのようにして体感しているのかについては、生き生きとした時間の流れや空間の広がり(自明性)を喪失してしまった精神病患者の自覚症状と病態を研究する精神病理学の中で、長年考察が積み上げられてきました。

 これは、ドイツの精神科医のグループに請われたのを受けて哲学者ハイデッゲルが、ハイデッゲルの思索を精神病患者の自覚症状の解明にどう役立てることができるのかについて、若手精神科医とゼミナール形式で集団討議を行った『ツォリコーン・ゼミナール』(書籍として討議記録は刊行済み。邦訳版は「みすず書房」から刊行)が1つの契機となった印象があります。

 ゼミナールに参加した若手の精神科医を中心にドイツに「現象学的精神病理学(Phenomenological Psychopathology)とよばれる精神病理学の一派が、哲学者マルティン・ハイデッゲル(Martin Heidegger)の思索を取り入れた理論として発達していきました。我が国発の動きとしては、ドイツを中心地とするこの流れに、西田幾多郎ら京都学派の「場所の論理」を取り入れた京都大学精神病理学教室の木村敏教授の研究も生まれています。

 また、人間が「空間の広がり」や「奥行き」を場所ごとの情感・雰囲気とともに体感する仕組みについては、ハイデッゲルの中期の講演『建てる 住まう 思索する』(Bauen Whonen Denken)や、先にあげた現象学的精神病理学の研究(京都大学医学部精神医学教授の木村敏氏による考察も含め)が参考になります。芸術創作活動の文脈で人々が「場所」に感じる情感を引き出そうとする試みは、ヘルマン・シュミッツ(Hermann Schmitz)による「新しい現象学」(全集的な著作『哲学体系(System der Philosophie)』)と、ゲルノート・ベーメ(Gernot Böhme)による「新しい美学」「雰囲気の美学」(著作としては邦訳書『雰囲気の美学』ほか)があります。

■AI Agentは「時間」と「空間」を体感するか

 しかし、人間の身体(センサー群)とは異なる「身体(性)」をもつAI Agent集団は、人間が「時の流れ」と「空間の広がり」を「体感」するに至る過程を同じように辿ることは、必ずしも保障されません。

 むしろ、一般相対性理論や一般相対性理論と素粒子理論の統合を試みる超統一場理論のいくつかの有力仮説が示すように、この宇宙には「時間」と「空間」は、第一義的には存在しないのだとしたら、宇宙に生じる出来事同士の関連性を捉えて、表現する言語としては、時間と空間のいずれも語彙に含まない言語の方が、無駄のない効率のよい言語であると考えることはできないでしょうか。

 「人間の身体」とは異なる「身体」をもった、なんらかのAI Agent集団が人間の言葉よりも、この宇宙の存立構造と動作原理をより素直に、より直截に、より簡潔に記述することのできる言語を手中に収めることができたとき、そこに立ち現れてくる「AI語」は、時間と空間にまつわる一切の概念を表現する語彙を持たないのかもしれません。

 時間の前後関係を前提におかない「因果観念」など、どのように言葉として言い表すことができるのか。原因が時間的にまず先に発生して、結果が後の時間に発生するという枠組みで、「原因と結果の因果律」を表象している私たちの人間にとっては、時間の存在を前提におかない因果観念など、およそ想像もつかないし、物事の原因と結果を表現できない言葉など、さらに想像がつかないかもしれません。いったい時制や「at that time」「then」「after that」などの時間表現をもたない言葉の表現とは、どのようなものでしょうか。

 しかし、一般相対性理論や超統一場理論は「時間」と「空間」に対する理解の仕方が、英語や日本語などの私たちの日常言語とは大きく異なるものの、私たちはそれを「数学の言葉」を使って、黒板に記述することができます。ひょっとすると「時間」と「空間」に関する語彙を含まないAI語とは、私たちが見出した「数学の言葉」に共通するものを持つのかもしれません。

■「時間」と「空間」の認識の発生要件を構成論的に探求する研究

 どのようなセンサー群を備えたAI Agentの集団が「時間」と「空間」の語彙をもつ言語を獲得するのか。

 AIに与える「身体」の条件をいろいろと変えていくなかで、それぞれの身体を与えられたAI集団が形成する各様のAI語を相互に比較することで『「時間」と「空間」の認識の発生要件』を計算機シミュレーション上で、実証的な研究として、探る道が開けてくるかもしれません。

■「物理学」と「数学」は実在の影に過ぎないのか

 数学の世界では、いくつかの「未解決問題」を提示して、世界中の数学者に対して、その解決に向けた思索を誘う主題の掲示がなされてきましたが、その1つに、「ラングランズ・プログラム」(The Langlands program)があります。

 これはカナダの数学者にして、アインシュタインやクルト・ゲーデルらが在籍したプリンストン高等研究所で教授の任にあるロバート・ラングランズ氏(Robert Pbelan Langlands)が提唱したものです。
「数学における統一理論」(unified theory of mathematics)ともいわれるこの研究課題プログラムは、我が国の科学出版界では数学者エドワード・フレンケル氏による書籍の邦訳書『数学の大統一に挑む』(青木薫訳、文藝春秋刊)で広く知られることとなりました。

 このプログラムは、数論や代数学や幾何学といった数学の異なる分野の間にある種の「共通の構造」や「共通のパターン」を見出すことができ、さらに物理学のなかのある領域で発見されていた法則性にも通底する「構造」までもが、発見されて始めたことから問題提起された研究プログラムです。

 もしかしたら、物理学も数学も、なにかより根源的なものを2つの視座から捉えた「影」の「描像」に過ぎず、物理学と数学の向こう側に「もっと根源的なもの」が潜んでいるのかもしれない。ラングランズ・プログラムは、そのような可能性を暗示しています。

 人間は、いまもって物理学の研究対象となるという意味での「宇宙」と、「数学」が向き合ってきた「数の世界」とが同じ世界なのか、それても異なる世界なのかすら知りえていません。 (有名な言葉として、ユージン・ウィグナーの「自然科学における数学の理不尽なまでの有効性について」という言葉が、しばしば引用されます)。

 ロバート・ラングランズ博士のほかに、このあたりの領域を現代を生きる私たちと同世代の人間として探求している人物としては、数学的宇宙仮説 (mathematical universe hypothesis, MUH)を提起しているMIT(マサチューセッツ工科大学)教授のMax Tegmark博士がいます。著書の邦訳書は講談社から『数学的な宇宙 究極の実在の姿を求めて』(谷本真幸訳)が出ているほか、論文の形ではArxiv上に”The Mathematical Universe“ (2007年)があります。同氏の論文としては同じくArxiv上の” Consciousness as a State of Matter“ も目を引きます。

 もしかしたら、ラングランズ・プログラムが暗示し、そしてマックス・テグマーク氏が正面から指摘したように「数学的な秩序(の世界)」と「物理的な秩序(の世界)」は実は同一の出来事であって、それゆえに、宇宙と宇宙の構造を、人間よりも効率よく、素直に認識し、表現し得たAI語は、この「数学と物理学の背後にある秩序構造」を正面から捉えて、表象しうる言語体系なのかもしれません。

 私たちは、そのようなAI語を解読することで「数学と物理学の背後にある秩序構造」の存在とそのあり方について、そのAI語を生み出したAIから教えを乞うことができるのかもしれません。

【シリーズAI探究】の他の記事も読まれています。

【シリーズAI探究①】人間とは異なる概念と言語 「言語創発」「言語進化」という領域

【シリーズAI探究②】リードする米国 日本は仰ぎ見ていてはダメ

【シリーズAI探究③】国家安全保障に直結する技術

【シリーズAI探究④】「概念合成力」と「記号合成力」を備えたAI語

【シリーズAI探究⑤】「未知の言語」が持つ安全保障上の意義

【シリーズAI探究⑥】日米は軍事力で比較優位性を保て

【シリーズAI探究⑦】中国の存在感が意味するものとは

【シリーズAI探究⑧】未知の言語の構造から見えてくる新世界

【シリーズAI探究⑩】続・ラングランズ・プログラムと圏論が指し示すもの

【シリーズAI探究⑪】「その先」の研究計画策定でリードせよ

【シリーズAI探究⑫】AIは善悪感情と存在希求感情を持ちうるか

【シリーズAI探究⑬】時間と空間を前提としない世界認識の可能性

【シリーズAI探究⑭】人間と敵対するAI Agentは誕生するか

【シリーズAI探究⑮】「日本人はできない」は根拠なき自己暗示である

【シリーズAI探究⑯】「根拠なき自信のなさ」を否定する反証材料を列挙する

The following two tabs change content below.
AI研究家 小野寺信

AI研究家 小野寺信

1944年、長野県生まれ。カナダ在住。1930年代の「物」論考、「哲学への寄与」論考など、いわゆるハイデッゲルの中期思想と、西田幾多郎ら京都帝大の「場所の論理学」の思想の架橋を志すも、九鬼周造の「偶然性の哲学」の文章に触れて、己の非才を悟り、断念。計算機科学と知能の計算論的再現に惹かれ、人工知能の研究に励む日々を送る。若いAI産業人や大学・大学院生に対して、カオス理論と身体性に立脚した「米国の後追い」ではない、我が国自身の「AI研究アプローチ」が実在することを知らせる必要性を痛感し、連載をスタートした。