AI語の発生を構成論的にシミュレーションする言語創発の研究は、まだこのレベルには達していないです。しかし、言語創発研究の将来の研究目標をたてて、研究計画をたてるために、上記のようなことを考えることは大切です。

■AIによる数学定理の発見・物理法則の発見

 言語創発の研究とは全く異なる研究領域ですが、2009年4月、米コーネル大学のHod Lipson准教授と同大大学院生のMichael Schmidt氏は、振り子の動きをAIに観察させる中でAIが自力でニュートンの運動が発見した「運動の法則」を「再発見」することに成功したAIアルゴリズムを開発したと、2009,年4月3日付けのScience誌の記事に掲載されました。(Michael Schmidt & Hod Lipson, Distilling Free-Form Natural Laws from Experimental Data

 遺伝的アルゴリズムと呼ばれるクラシカルな手法を用いたこの出来事は、計算機上の統計解析アルゴリズムや機械学習アルゴリズムをもちいて、膨大な天体観測データから、人間がまだ発見していない惑星運動の数式表現(物理法則の表現数式)を得ることができる可能性を示しています。

 この延長上で、天文物理学の膨大なデータから、超弦理論やM理論やループ量子重力仮説と並んで、数学的に、現在の観測データを矛盾なく説明でき、さらに方程式が提示する時空の次元数やその他の条件について、非現実な要素を含んでいない「超統一場理論の候補」となる数式をも、提案する日も来るかもしれません(もっとも、現在の理論物理学は、有力候補と目される複数の数式理論体系を、実験で裏付けるために必要となる実験のスケールが巨大すぎて、とうてい実験を行うことができないという問題にあります)。

 このあたりは、量子コンピューターの実現などによって、計算機の能力が飛躍的に向上した未来に、計算シミュレーションによって仮説の正しさを「証明」するなど、計算機物理学が、実験物理学による証明や、観測による裏付けにとって代わるなど、新たな方法論が科学界で市民権を帯びることによって解決するのかもしれません。

 AIによる知の探求は、物理学にとどまらず、数学の領域でも、人間にとって未知の新しい数学の定理を、人間が発見した既知の数学定理をもとに演繹的に、計算機パワーをもちいて導出する研究が行われてきました。

 この例としては、埼玉大学理工学研究科の後藤 祐一助教や高 宏彪助教による「自動定理発見」(Automatic theorem finding)の研究()があります。

 一部の人は、この領域を、「AI駆動科学」と呼び始めています(渡部ほか「人工知能による科学研究の加速」2016年度日本人工知能学界全国大会も参照)。

 このような、人工知能による自然科学と数学の知見発見の試みが、言語創発の研究領域と合流したとき、しかし、AIが発見した物理法則なり数学の定理を、人間が理解するためには、AIが見出した知見を人間にとって馴染みのある変数(距離、時間、エネルギー量など)で、人間の推論規則(因果観念など)と人間の言葉の語彙観念に翻訳可能な知識表現に、翻訳する必要があります。

 このあたりは、すでにAIの頭の中を覗いて、思考過程をリバースエンジニアリングするくだりを、記事で触れた際に言及した、GradCAMモデルなどが力を発揮するかもしれません。

 人間の科学者が発見した研究知見や、研究の過程で収集したり、データ・クレンジングしたデータを共有資産として、分散台帳上で改竄不能な形で共有したりするアイデアは、SONYコンピュータサイエンス研究所長の北野宏明氏などによって提案されています。

 この取り組みにより、世界中の大学研究質や、研究室に所属しないで学究生活を送っている研究者が、これまでよりも互いの知見を共有しやすくなり、人間による科学研究の速度をはやまるかもしれません。プログラミングやAIアルゴリズムの研究者とエンジニア(プログラマ)のあいだでは、すでにGitHubがありますが、それを改竄不能なシステムに進化させたものになるでしょう。

 この分散台帳に、AIが見出した知見を人間が理解可能な形式に翻訳した上で、アップロードしたとしたら。AIと人間の知的協業に道が拓けるかもしれません。

■2つの「73年間」

 ところで、今年も終戦記念日を迎えることとなりました。最年少は15歳で、特攻で散華された先輩たちが散った先の大戦に想いを致すとき、祖国が目覚めるための先駆けとして死ぬ、それで本望じゃないか、といって戦艦大和とともに散華した海軍士官もおられたことが、なお脳裏を捉えて離しません(吉田満 『戦艦大和の最期』)。

 その日本は、果たして敗戦後、目覚めたのでしょうか。なにに、どう目覚めれば良いのでしょうか。戦後の総括がいまだままならない此の国の73年越しの課題です。

 私は、この国に科学的精神、criticalに冷静に物事の本質を見つめる批判的精神を扶殖することだと受け止めております。

 インテリジェンス感覚の涵養はその一端ですし、目の前の経済合理性の追求に汲々とするのではなく、大局的な時代感から、数百年スパンの息遣いで、基礎科学を開拓することに社会の資源を投じていくような社会の心性を持つようになること(ミネルヴァの眼を持つようになること)も、その一端だと思われます。

 西周と福沢諭吉をもってすら、1868年から(対米英蘭開戦が起きた)1941年までの73年間の戦前日本の人士の民心に科学的精神を行き渡らせることは果たせませんでした。その同じ「73年間」が、敗戦の年・昭和20(1945)年から数えて今年、経過しました。

 再び73年がたった今、此の国はなお、批判的に・科学的にものごとをまなざし、ものごとに取り組む姿勢を手に入れる道のりの途上にあるのではないでしょうか。

 英国にあって、国家の進路を論ずるロンドンの喧騒から遠く離れて、地方の所領からロンドンの光景を静かに見つめながら、国の行く末を沈思黙考するcountry gentlemenのような人材の厚みを、この国も養う必要があろうかと考えます。

 この言論ドットコムという言論の府がひとつの後ろ盾となり、推進力となって、そのことが少しずつ、後戻りしながらも着実に前進していくことを、信じるものの一人です。そして、これからは、私たちの「科学的な視界」をさらなる高みへと引き上げてくれるかもしれない、「独自の推論規則」と「独自の概念」を形成・獲得するに至るようなAI Agentたちの力をも借りることで、日本人の科学的精神が、この宇宙に根をおろした、より確固として、堂々としたものへと生育・生長することを目指すべきときなのです。

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AI研究家 小野寺信

AI研究家 小野寺信

1944年、長野県生まれ。カナダ在住。1930年代の「物」論考、「哲学への寄与」論考など、いわゆるハイデッゲルの中期思想と、西田幾多郎ら京都帝大の「場所の論理学」の思想の架橋を志すも、九鬼周造の「偶然性の哲学」の文章に触れて、己の非才を悟り、断念。計算機科学と知能の計算論的再現に惹かれ、人工知能の研究に励む日々を送る。若いAI産業人や大学・大学院生に対して、カオス理論と身体性に立脚した「米国の後追い」ではない、我が国自身の「AI研究アプローチ」が実在することを知らせる必要性を痛感し、連載をスタートした。