■「時間」と「空間」を必要としない「状況変化」の認識枠組み

 「時間の流れ」と「空間の広がり」を認識せずに、物体間の位置関係が変化したり、物体間の力学的な影響関係が変容していく「状況変化」の様子を理解して、次の状態を予測することを可能にするような「表現言語」とは、どのようなものが考えられるでしょうか。

 この連載記事の以前の回では「一般相対性理論」や「量子力学」と、それらを統合する「量子重力理論」(「超統一場理論」)の数式表現がまさにその一例であるという指摘を行いました。

 本連載シリーズを読んで頂いている方からは、「別の可能性」が提示されています。

 ここで、本記事執筆者(以下、小野寺)が、師事を仰がせて頂いている松田卓也・神戸大学名誉教授(宇宙物理学)と交わさせて頂いたやりとりの一端を、松田先生の了解を得た上で、掲載させて頂きます。

 松田名誉教授(以下、松田先生)には、元々の専門領域(宇宙物理学)の著書として『これからの宇宙論―宇宙・ブラックホール・知性』 (ブルーバックス、1983年)、共著『時間の本質をさぐる―宇宙論的展開』 (講談社現代新書、1990年)・『なっとくする相対性理論』 (なっとくシリーズ、講談社 。1996年)があります。

 さらに、近年は物理学に関するその厳密な理解をベースとして、AIに関する著書も刊行されています(『人類を超えるAIは日本から生まれる』 (廣済堂新書、2015年)や『2045年問題 コンピュータが人類を超える日』 (廣済堂新書、2012年)など)。

 今回は、この節のタイトルについて、松田先生から寄せて頂いた質問に対する小野寺の回答と、小野寺から質問させて頂いた内容について松田先生から頂いた回答の一部を掲載させて頂きます。

松田先生:
 「あなたは複数のAI がAI語を駆使してコミュニケーションするAIの集合知を夢想しているようですね。私はシングルトンである超知能が人間に理解できない深い思考をする事を夢想しています。彼または彼らの感覚器官は人間とは違うので、彼らの感性は全く人間とは違うはずです。
 彼らとコミュニケーションするには感覚的な言語ではなく、多分共通であろう数学とか論理を通すしかないと思います。私は勉強法の考察を通じて概念の理解とは何か、わかるとは何かについて考えています。
 頭の中にはチャンクと呼ばれる、一連の知識、概念の塊があります。新たに学んだ概念が分かるとは、そのチャンクと元からあるチャンクを結びつける事です。
 元のチャンクは世界の1つのモデルです。結びつけるとは、元のチャンクを例えに使って新しい概念を理解する事です。腑に落ちるとは結びつけに成功した事です。
 天才とはより離れたチャンクを結びつけられる人です。哲学的ゾンビは質問されると、ルールに基づいて答えを出します。『中国語の部屋』ですね。
 チューリングテストでは人間と哲学的ゾンビを区別できません。哲学的ゾンビはたとえ正しい答えを出しても、考えていない、腑に落ちていないのです。
 人間は『中国語の部屋』ではなく、質問されると、その部屋にいる小人さんはルールブックに基づき答えるのですが、そのルール自体、なぜそうなのか?それはさらに内にある『中国語の部屋』に投げかけることができるという事です。
 『内部の「中国語の部屋」』内にいる小人さんは、さらにそこにあるルールブックで答えるのですが、その小人さんが内なる哲学的ゾンビでないためには、さらに内なる『中国語の部屋』に質問をなげかけることができるという事です。
 それでは無限後退するかというと、そうではなく、一番内側の部屋のルールブックは作り付け、つまりハードワイヤになっています。それは遺伝的に出来たものです。
 なぜこんな事を考えるかというと、「超知能」のマトリューシュカのような『中国語の部屋』の重ねわせは人間より深く作れるという事です。つまりより抽象的な質問に答えることができます。
 世界の人間のつながりは6次と言われます。脳内のチャンクの構造もこのような階層構造になっているのでしょう。『超知能』は階層構造の深さに制限がないので、いくらでも深い思考、抽象的思考ができます。
 こんな連中とは意思疎通が難しいですね。」

松田先生:
 「ところで『シリーズAI探究⑨』を読み直していますが、『機械には時間空間の概念がない』とありますね。たしかに目がなければ空間はないでしょうが、時間はあるのではないでしょうか?コンピュータのクロックがあるのですから。」

小野寺:
 「AIの『身体』が、クロック周波数にあわせて動作を同期させるコンピュータで構成されていたとしても、(人間が獲得した現代宇宙論のモデルのうち、『時間』と『空間』を第一義的に実在する『もの』『こと』として認知・認定しないバリエーションの計算論的表現と同じように)『時間』と『空間』を前提におかない『世界の数式表現』を、当該AI Agentたちが獲得したとしたら、どうでしょうか。
 彼らAI Agent たちは、自らの体内で動作する水晶体の発振器を、単に状態が変化しているだけのものとして捉える。その認識のなかには、いささかも『流れる時の経過』の概念が含まれない可能性はありはしないか。そのようにみております。」

松田先生:
 「彼らの時間は離散的ですね。 時間空間のない因果律とは何かを論じておられますが、例えばBayesianネットは因果の流れでしょう。
 我々はグラフ理論のグラフを紙の上に、つまり空間的な存在として捉えますが、これは必ずしも空間は必要とはしない。空間的でなく時間的でもない因果の流れを表現していますね。
 我々が何か考えるときに空間的イメージを思い浮かべると理解しやすいのは、3次元世界に住んでいるからですね。
 AIが成長するときに4次元仮想世界を与えると、彼らの思考は4次元生物のそれになり、人間とは話が合わなくなりそうです。
 有向グラフについてですが、グラフ理論の初めに教科書にはこう書いてあります。同時確率分布を計算するときに、(条件付き)独立を考慮すると簡単になる。その事をグラフで表現すると(人間には)分かりやすい。
 確率分布の抽象的な概念を、空間的に表現すると人間には分かりやすいというのは、人間が物理空間に住んでいるからですね。物理空間に住まないAIはグラフ表現なしでいきなり理解するかもしれません。
 無向グラフも因果の流れではないが、関係性を空間的に表現したものですね。これも空間概念なしでも、原理的には理解可能と思います。またここには因果の方向性がないので、時間の流れは必要ありません。
 彼らは3次元ユークリッド空間に住まないので、いきなりヒルベルト空間でイメージできるかもしれませんね。
 彼らを育てる段階で与える空間や物理学を現実と違うものを与えれば、違う時間空間概念を持つかもしれない。」

小野寺:
 「時間の観念を必要としない因果の観念は、ノードどうしを有向エッジで連結させる有向グラフで表現可能である、とのご指摘は、まさに慧眼です。
 ループ量子重量仮説におけるスピンネットワークモデルなど、宇宙論の有力仮説のなかには、グラフ理論的な宇宙の描像を提示しているものもあることを思い起こしますと、グラフ理論による因果観念の表現は、深く研究する必要を強く感じました。」

小野寺:
 「人間が赤子から成長する過程で、3次元プラス時間次元という環境を身体空間としてきた以上、人間は空間概念から離れられないのかもしれませんね。
 量子力学で出てくる『無限次元ヒルベルト空間』も空間概念 Raum を引きあいにだしています。
 カラビヤウ多様体に畳み込まれた5次元以上の余剰次元を人間の感覚器官は感受することができません。しかし、数学的直観、数覚で、人間は余剰次元やカラビヤウ多様体を想像imageするに至りました。
 数学的感覚、数覚、これはなんでしょうか。数々の天才たちが、数覚について言葉を残してきました。」
《2 「機械の理解と人間の理解は質的に異なる」に続く》

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AI研究家 小野寺信

AI研究家 小野寺信

1944年、長野県生まれ。カナダ在住。1930年代の「物」論考、「哲学への寄与」論考など、いわゆるハイデッゲルの中期思想と、西田幾多郎ら京都帝大の「場所の論理学」の思想の架橋を志すも、九鬼周造の「偶然性の哲学」の文章に触れて、己の非才を悟り、断念。計算機科学と知能の計算論的再現に惹かれ、人工知能の研究に励む日々を送る。若いAI産業人や大学・大学院生に対して、カオス理論と身体性に立脚した「米国の後追い」ではない、我が国自身の「AI研究アプローチ」が実在することを知らせる必要性を痛感し、連載をスタートした。
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