6月12日にシンガポールで行われた史上初の米朝首脳会談以降、トランプ米大統領が初めて米朝交渉の「後退」を認めたのが8月24日だった。トランプ氏は自身のツイッターで、ポンペオ米国務長官の訪朝を中止すると発表した。

■「失敗」でも「成功」に

 だが、11月の米中間選挙で共和党に勝利をもたらし、求心力の維持を図りたいトランプ氏にとって、米朝交渉の実態がたとえ「失敗」であったとしても、「成功」と強調し続けなければならない。トランプ氏は8月20日のロイター通信とのインタビューで、こう述べた。

 「私は北朝鮮の核実験もミサイル発射も止めた。日本は感激している」

 ある外務省幹部は、この言葉を聞いて「トランプ氏にとって、米朝交渉は『成功』でなければならない。そして、日本も『成功』を認めなければならない」とため息をついた。確かに北朝鮮は米朝首脳会談以降、核実験も弾道ミサイル発射も行っていない。だが、核開発が着々と進んでいるのは、国際原子力機関(IAEA)や米シンクタンクが報告している通りだ。ポンペオ氏自身も7月25日の上院外交委員会の公聴会で、北朝鮮が核物質の生産を続けていることを認めている。

■抜け落ちた「不可逆的」

 日本政府が懸念するのは、実態が伴わない米朝交渉の「成功」が日本の安全保障を損ないかねない可能性だ。トランプ政権にとって、北朝鮮との交渉は中間選挙や2020年の大統領選でのアピール材料となりうるが、何の成果もなく「成功」を主張することは難しい。米紙ワシントンポストは7月30日、北朝鮮が平壌郊外・山陰洞の施設で液体燃料式の大陸間弾道ミサイル(ICBM)を製造していると報じた。北朝鮮は米朝首脳会談後も米本土を狙う兵器の開発を続けていることになる。このため、トランプ政権がICBMの開発停止を最優先課題とし、「非核化」は曖昧な形で決着する可能性は否定できない。

 米政府はこれまで北朝鮮の核問題をめぐり「CVID(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)」を繰り返し求めてきた。しかし、米朝首脳会談後はCVIDの使用頻度が減り、最近では「FFVD(最終的で完全に検証された非核化)」という言葉を使うようになった。

 抜け落ちたのは、「不可逆的な」という概念で、北朝鮮がいつでも核開発を再開できる状態を容認することにつながる。言葉だけの問題ではない。一口に「検証可能」といっても、その実態は幅広く、イラク核査察に参加したことがある日本政府関係者は「ある国が『ない』と言っているものを完全に見つけ出すことは事実上不可能だ。だから非核化は、最終的には相手の善意を信用するしかない」と語る。

 北朝鮮がICBMの開発計画を廃棄したとしても、日本を射程に収める「スカッドER」や「ノドン」など中距離弾道ミサイルはすでに実戦配備されている。防衛省関係者は「北朝鮮が非核化に合意したとしても、検証可能な核廃棄を実現するまでには時間がかかる。隠し持つ核弾頭を中距離弾道ミサイルに搭載する懸念は常に残る」と指摘する。つまり、日本の国益に沿わない形で米国が北朝鮮と合意する可能性があるということになる。

■米韓同盟の運営困難に?

 実態が伴わなくとも北朝鮮の「非核化」を歓迎するのはトランプ政権だけではない。韓国の文在寅政権は常に朝鮮半島の緊張緩和に前のめりとなってきた。文氏は9月に北朝鮮を訪問する予定で、北朝鮮の開城に南北共同連絡事務所の設置を急ぐ。韓国の宋永武国防相は8月21日、南北朝鮮の軍事境界線周辺に設置された監視所10カ所を撤去する方針を明らかにした。

 文政権の支持基盤である左派・リベラル層は、南北融和を求めるとともに、反米感情も根強い。北朝鮮の「非核化」がどのような形であれ実現すれば、在韓米軍の縮小・撤退を求める圧力は強まることが予想される。トランプ氏自身は2016年の大統領選期間中に在韓米軍の撤退を示唆するなど、海外駐留米軍の削減に関心が高い。

 とはいえ、米軍内には監視所の撤去にも「軍事境界線の防衛力にあるある程度の懸念はある」(ブルックス在韓米軍司令官)との懸念があり、米韓同盟の運営が困難となることが予想される。

 さらに日韓両国の防衛協力も後退する恐れがある。韓国政府は今年11月に期限が切れる日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を延長する方針を固めた。現状では米朝の核合意に向けて日本の協力が不可欠なためだ。だが、北朝鮮はGSOMIAを「売国協定」と非難しており、韓国国内でもGSOMIA破棄を求めるデモが頻発している。米朝核合意が達成されれば、GSOMIAだけでなく、合同演習や情報交換など日韓防衛協力が後退する圧力が強まる。

 北朝鮮が完全な非核化に応じる可能性は極めて少なく、米国が選挙事情から不十分な非核化合意を受け入れることもあり得る。これが日米関係、米韓関係、日韓関係を損なう可能性がある。とはいっても、北朝鮮が完全に非核化する望みがないわけではない。

 それでは北朝鮮の完全かつ検証可能で不可逆的な非核化は、いかなる影響を及ぼすか。誰もが望むCVIDがもたらすのは、必ずしもバラ色の世界ではない。次回「安保未来図③」は、北朝鮮の非核化に伴う危険性を見る。

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言論ドットコム編集部

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